未知日記講話集   こだま会日誌  百七回  十二月六日  円海貴尊講義  円海大師の出家の経緯

未知日記講演集   こだま会日誌   円海大師講演   坂本道博筆記 前編 参照 生前日本に生きて居られた、大師の過去を知りたければ、でGoogleで探してみてください。(円海大師の修行時代、又は覚者慈音 38の水滴の行法)未知日記本編では因果論やテツシン講録、光明論など多数を著して居られます。 衛藤慈声先生の回顧録より転記する。 この円海貴尊は、徳川氏元禄年間の末期に土佐の武家の息子として出生…

未知日記講話集   こだま会日誌  百六回  十一月二十九日  円海貴尊講義講義

こだま会日誌   円海大師講義      十一月二十九日 心と肉体と魂をつなぐこと 心は肉体と魂との中間にある。身・・・・・心・・・・・魂・・・・・心は両方の媒介者。家に居る間、家業に従事する結果、それにとらはれ、心と肉体のみ働かせ、その為魂は部屋の中にいて黙している。之は心が身の方についている。然しいつも魂と連なっていなければならぬ。之が大切。 皆、神に詣り仏参りをする時は身体を整へて拝む。其…

未知日記講話集   こだま会日誌  百五回  十一月二十一日  円海貴尊講義

十一月二十一日     円海大師未知日記こだま会日誌講義 今日は雑談の形式 子供の夜泣きをなほすまじないにいろいろある。 子供にもそれを止めるまじないがあり。 今の科学から言うと滑稽だが之は原因を正すとと何でもない事。 このまじないを発明した人は修養修行の出来た人で、之を無知な人に伝へてやり、之で治ったり治らなかったりして、此の方で治らず別の方法で治ったりして数々のまじないがある。この様な事が数…

未知日記講話集   こだま会日誌  百四回  十一月八日  円海貴尊講義講義

十一月十六日 こだま会日誌  百四回  十一月八日  円海貴尊講義 昔の道歌に゛極楽は北にも非ず東にも西にも非ずみんなみにあり゛ 一休は極楽はいずこにありと尋ぬればこらへにこらへしふんの出所。 蜷川新左エ門が一休に、地獄極楽はキットあるか、と尋ねた所、キットあるかと言へばない。又キットないかと言へばあると答へたので、蜷川が一休は不明な為返事に困ってそんな事を言うと言ったので、一休が、今のお前が地…

未知日記講話集   こだま会日誌  百三回  十一月八日  円海貴尊講義講義

十一月 八日 今日、厳戒の辞の最後にファ、フンの二句を称へる様お許しあり。 欽情、松尾、伊東若夫人、江橋、及び坂本の五名。 今日は久しぶりに皆と座を交へて話をする。休みの間に皆は逆戻りの方が多い。 進んでいない。このままにして置くと始めの所に転落してしまうから又そろそろ始める事にする。教主様も非常に憂へて居られる。 みちびきの中でいつも皆の事を言って居られる。勝手気ままな行動を取って居ては、教主…

未知日記講話集   こだま会日誌  百二回  十一月一日  泰岳貴尊講義講義

未知日記講話集   こだま会日誌  百三回  十一月一日  円海貴尊講義 五月末日以来始めてこだま会集る。 今日から私も完成したから遠慮なくはつきり断言して物を言う。 今迄は教主様におさへられて断言出来なかった。 之からは不明確ないい加減な事は話さない。 二心を排して言行を一つにする様、心と言葉と一つにする修行せよ。 二枚舌を使うな。心にもない事を言はねばならぬ時は黙する事。 皆の家庭の事情もわ…

未知日記講話集   こだま会日誌  百二回  五月三十一日  泰岳貴尊講義講義

泰岳貴尊講義 円海が私の言いたい事を話したから、その続きを話す。 人間で一番大事は生死。 このあきらめさえついたら人間は本当の人間になる。 ところが皆は生きる苦しみは知って居るが、死ぬと言う箏はまり問題でない。 皆の生きると言うは肉体を生かして置く事を言う。 吾々の生きると言うはちがう。 吾々はたましひの生きることを言う。 生活と言へば、皆のはからだ本位。そして金銀財宝を得ようとする。 皆の一生…

未知日記講話集   こだま会日誌  百一回  五月三十一日   円海大師講義

日々安らかな生活をさせて頂いて、それが当たり前だと思って居る様では修養して居るとは言へない。 今こうして話をして居てもどんな災難が来るかわからない。 それが皆わかったらとてもこの世に生きて居られない。 この不安の世の中に今日も一日無事に暮らさせて戴いて有り難い・・・・・・。 何時間先にどんな事があるとわかっ居たら、逃げられる時はよいが逃げられない時は唯慌てて騒いで居るより他ない。 知らぬが仏。知…

未知日記講話集   こだま会日誌  百回  五月二十五日   円海大師講義

五月二十五日   円海大師講義       お菊ばあさんの様に・・・・  憎しみや可愛さの伴はない愛。 求めよさらば与へられんは本当の愛。 本当に合ふ。 愛する者の為にすべてを与へてくれる。 願へば何でも下さるものだとの意味と違う。 大愛に従へば之も必ず与へられる。 心ばかりの願いをするからいけない。 心は時にはたましひ(となり)に従ひ、時には肉体(となる)に従う。 時には慈悲心に、時には欲しい…

未知日記講話集   こだま会日誌  九十九回    五月十七日

泰岳貴尊講義 円海が先に言った様に、人間は化物。 わけても女と役者は化物。 皆はたしなみたしたみと言ふ。 尼さんが卵で頭をみがく。 我々の目から見る時は化物ばかりだ。 身体を清潔にするのと、化粧と・・・・。 之は何の為にするのか。 美しく見せようと肉体ばかりに重点を置いて、心は皆きたない。 肉体を美しくする丈心を美しくせよ。 美しく化粧して美服を纏っても之は化物。生地を隠して居るからだ。 肉体ば…

未知日記講話集   こだま会日誌  九十八回    五月十七日

こだま会日記 隠すより表るる  円海大師講話                                    坂本通博筆記 昔のよく言ふ言葉に、隠すより顕はるると言ふのがある。 隠そうとするから表はれる。 心にわだかまりなければ隠す事なし。 皆の家庭には隠さねばならぬ事が多すぎる。 開け放してどこを見られても恥ずかしくないと言ふ家庭はどこにもない。 之をなくす様に修行せよ。 隠して居る事は…

未知日記講話集   こだま会日誌  九十七回    四月十二日

泰岳貴尊講義    第九十七回    こだま会日記     慈音は今日も具合が悪いから休みたいと言ったのを、円海がいけないと休ませず話をしているわけ。 今日は直接ためになる話をする。 二、三日前に飛行機が墜落して全員が死んだ。之を聞いて皆はうわさをしている。わずか四十足らずの人間が死んでそれが地名の士とか何とか言って騒ぐ。だが天災で何千万と言ふ人が死んでいる。之に対してあまりに無関心。 一人や二…

こだま会講演日記    第九十六回   坂本通博 筆記

四月十二日 皆さんは肉体のわづらいは医薬でなほすが、心のわづらひは何でなほすか。 若い人は自殺することを平気でやる。心の悩みに耐えられないから死ぬ。 肉体のわづらいより心のわづらいがつらいらしい。 結核になって長わづらいしても三年四年となほるまでじっと待っている。 この間も心のはたらきは休まない。 身体が言うことをきかないと心がいらいらする。そこで心の悩みに耐えかねて自殺する。 人間は死ぬのは何…

未知日記講話集   こだま会講演日記    第九十五回   坂本通博 筆記

三月二十一日 彼岸会は非常に美しい行事で、天界にもある。 仏教では到彼岸、パーラミツと言って居る。 祖先の霊をまつる、祖先を感謝する。 之は天界にもある。然し天界の彼岸会と下界の到彼岸会とはいささか異なる。 天界のは祖先の霊を祀る意味ではなくて、皆には少し意味が分かりにくいかもしれない。皆のは御供物を差し上げて祖先の霊に感謝する、至極美はしい習はし。 天界は舅、姑に仕へると言ふのではなく、心から…

こだま会講演日記    第九十四回   坂本通博 筆記

泰岳貴尊講義 近頃天下り主義、民主主義等と声を大にしている。 民主主義を鼓吹してその結果はどうか。 天下り主義と言って太陽をおほってしまへば人民は育つか。と言って太陽だけで育つものでもない。時には雨も降り風も吹く必要あり。 地球と太陽とが融和して世は治まる。之大自然の道理。 皆は太陽や空気に育てられながら之に感謝して居ない。天皇と人民の役人、之が雲。役人どものいたずら。 太陽は決して威張らない。…

こだま会講演日記    第九十三回   坂本通博 筆記

三月十五日 人間には魂があるから、すべてのものを育てたり又種々と工夫するする力あり。 之は魂なくしては発明工夫は出来ない。 同じ魂をもっていながら皆それぞれ魂の程度がちがっている。之をそれそれの人の持つ個性と言ふ。 魂の種類も種々様々あり。皆その魂を働かせるのは、その天分つまり与へられた個性をもととして育てて行く。之が人間の道。 心の力は大抵決まって居る。皆同じだが魂がちがふ。釈迦、キリストもあ…

こだま会講演日記    第九十二回   坂本通博 筆記

三月八日 人間は何かたよりにするものがないと淋しいもの。 子供に親がなかったら経験のない人にはわからない寂しさあり。 子は親によりかかり、長じては夫婦として男女たより合ふ。 生涯連れ添って居られればしあわせ。一方が欠けるとこんな淋しい事はない。 人間一生涯のうち何かたよりにするものにすがり度いと言ふ心持あり。 肉体の中で心が右に左に上下に迷っている。よりかかって安心出来るものがないと淋しい。 よ…

こだま会講演日記    第九十一回   坂本通博 筆記

三月一日  続き 例へ七歳の童子でも人間として人間を知ったらば、すべてのもののちょうじ。(長子)。 人間の程度まで尺度計を伸ばして人間がわかり、それを又引き延ばして天界がわかり、又之を引き延ばして神界がわかる。 先ず人間と言ふものを知らしめ、次に天界神界まで導けば私共の務めは果せる。 先ず人間と言ふもののあきらめが大事。 皆さんの尺度計は未だ人間の半ばまでしか伸びて居ないから人間がわからない。 …

こだま会講演日記    第九十回   坂本通博 筆記

三月一日 婦人と赤白の糸巻きの話(之は宗教的の尺度、善悪者邪正の尺度) 尺度計はこれである。 人間には一生涯のうちに八十一回の大難に合はねば本当の人間になれないと宗教者は教へる。之は破壊(20年)分解(40年)融和(60年)組織(80年)の四期四段階を終らねば本当の人間になれないのだと言ふ。之を八十一難と言ふ。一分計は一つの節、之が難。そして二分計三分計と朝から晩までの間に八十一回の異った事をや…

こだま会講演日記    第八十九回   坂本通博 筆記

泰岳貴尊講義 皆の心も大分明るくなってめでたい。 のど坂過ぎれば熱さ忘るると言ふが、皆は何か忘れて居る。 拝みせよといつも円海が教へて居る。 拝む心とはたましひ、心を美しくする。洗濯する、アンと言って心を 洗ふのである。 たましひを洗ふ   たましひを磨く たましひは元より光あるものだが、人間のからだの中にある間は肉体の汚れで暗い。 たましひの中はひかり輝いている。之を心の布巾でみがく。之が拝み…