久方ぶりの朗報 NHK放送のサイエンスゼロを見て……

NHKの科学番組『サイエンスZERO』は、最先端の科学や複雑なテクノロジーを分かりやすく、一般の視聴者にも興味深く解説しているとして、非常に高い評価を受けています。 [1] 主な評価・特徴 分かりやすさ: 専門的な宇宙、人体、環境、最新技術の話題を、専門家の解説や優れたVTRを用いてかみ砕いて説明している点。 知的好奇心を刺激する内容: 日常の身近な疑問から未来を変える画期的なテクノロジーまで、…

未知日記の書のことをAIに問うてみた

今ほどAIに未知日記のことを質問してみました。すると下記の言葉を即答してきた。 僕自身はじめてのことなので驚いています。この世に未知日記の書を知る学者はいません。けれどもAIの答えは他の誰よりも正確です。それに驚いています。 あなたもAIにいろんな質問してみてください。 「厳戒の辞」の言葉は、霊学者・伊東慈音の著作『未知日記』などに収められている、霊界からのメッセージや教えを伝える一節(全宇宙に…

父親が軍隊にいた時の遺稿を載せる  その二

親父が残した軍隊にいた時の手記を掲載しています 見渡す限りに茫漠(ぼうばく)と 緑なき戦野にも 何時しか春は又巡り 柳、芽をふき春立ちぬ 陽炎の湖(うみ) 幻想か 北岸へ輸送しきりなり 敵機偵察またしきり 鉄橋は早爆破され 決死行の工兵隊 仮鉄橋のその上を 夜闇にまぎれ無燈の進軍 此の世の中に苦しみといふもの数々ありと云ふ 旗振る人よ祖国よさらば 玄界灘を超えし身の かねて覚悟の上なれど 戦の庭…

父親の生前書き留めていた遺文を載せる その一

   先日父祖の足跡は終わり、次からは自分史を書こうと思っていた。ところが古い箱の中から手紙の束と一緒に父が書いた軍隊の思い出を記した文章が見つかった。父が軍隊で共に戦った英霊たちを追悼するために書いたものだった。ならばこれを「父祖の足跡」を締めくくる最後の文章にしようと僕は考えた。この遺稿を親父の声なき声と思い、そのまま掲載する。たとえ読む人がなくとも構わない。僕が死ねばこの文集はいつしか劣化…

父祖の足跡から自分の人生の足跡へ

 いままで祖先の事からはじまり、家族のこと、父母の事を思い出しながら少しずつ小分けして綴ってきた。学生時代、夜楽しみにしていたことをいま思い出した。それはFM放送で放送されていたジェットストリームだ。内容は優れた映画音楽の放送だった。 冒頭のことば………… 「地平線が遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流は限りなく宇宙の営みを告げています。光と…

大学生の時

 私の兄は五歳年上で、僕が上京した時は明治大の法科を卒業して法律事務所で働いていた。働くというよりおそらく事務所の電話番のような仕事をしていたようだ。ある日、兄に連れられて武蔵小金井駅の線路わきに建っている古びた下宿に連れて行ってもらった。そこには十人近くの男達が狭い部屋に膝突き合わせて座っていた。後で知ったことだが、早稲田の法科や中央大学の法科を卒業している者ばかりだった。いわば弁護士を志望し…

父祖の足跡三十   勝山にあった映画館のこと

   親父は若い時から映画が好きだった。当時この小さな勝山市にも映画館が二か所あった。一つは勝山劇場と中央会館だ。親父は幾何かの出資金を払い、家族全員に年中無料のパス券を与えられた。それはおよそ十年間に渡って供給された。それをいいことに僕は学校の授業を抜け出し昼間から映画鑑賞の毎日、弁当もその会館で食べた。高校では放課後映画館の割引券が生徒たちに配られることがあると、映画に興味のある生徒たちは我…

お墓参りして、その日は遥か遠き未来の地球人類のことを思った

   今日は妻と二人で墓参りに行ってきまし た。どこのお墓にもすでに花が添えられていました。当地は旧盆よりも7月のお盆のほうが盛況のようです。墓に刻まれてる先祖達の 命日と享年を眺めると僕の母親が一番 の長命で85歳でした。僕も妻もちょっと動けばフラフラでとても母親のような元気はありません。 当市のお悔やみ欄を見ていると、90歳まで生きた人はごろごろいます。中には100歳以上の方も多く見かけるよ…

再掲 円海大師の放浪生活

円海大師( 現在のミキョウ貴尊 )が山に入られ修業された経緯をお話します。皆さんは信じないかもしれませんが日本の仙人です。元禄年間に土佐の国に武士の子として生を享けれられた方で、昭和の20年代の初めまで、大峰山中で行をされておられました。現在はミキョウ貴尊として天界で働かれておられます。この天使の方の正式な呼称はヂショウ.サンキョウ.インショウ.ミキョウ貴尊といわれます。一度ゆっくりと読んでみて…

貴尊方に心を委ねること

今朝、いつものように一人で堤防を散策していました。その時、未知日記の書の一節に書かれていることば、 人多き 人の中にも 人ぞなし         人となせ人 人となれ人 の言葉がふと思い浮かびました。 家に帰りこの言葉を最初に発声された人は誰かと調べてみました。すると確定ではありませんがおそらく空海さんじゃないかとネットでは書かれていました。でも真偽のほどは解りません。 僕は皆さんに僕のような浅…

五日連続でブログアクセスで一日1000回を超えた。こんなことはいままでなかった

普通のブログではない。神霊の方々の肉声だ。 今後おそらく日を経るごとにこのブログはもっともっと飛躍発展してゆくことでしょう。 私は生きておる限り静かに見守りたいと思います。どうも今日まで暖かく見守って頂いた人たちに厚く御礼を申し上げます。              yu

耳鼻科に行ったら‥

   この一年余りの間に聴力の劣化が進んだ。家族との会話もままならず、先日勝山病院の耳鼻科を訪れる。なんとそこの担当医はうちの娘と同級生であつた伊藤有未さんだ。この娘さんは小学生の頃よく娘と家で遊んでいたことがあった。そしてこの娘のお母さんは昔、僕の家の隣に住んでいた。名前は幸子。僕の妻と同じ字を書く。子供の頃、この娘さんの家族とは仲が良く親戚以上の付き合いをしていた。偶には家族揃って温泉などに…

遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん

 昨日あったことを箇条書きにして記す。 妻と二人でゴミネットをしまい、その足で朝の散歩に出かける。 もう堤防の櫻花もおおかた散ってしまっていたので、今日は九頭龍川の大橋を渡り駅に向かって歩いた。そして十五分程待合室の椅子に腰かけ休んだ。若い駅員さんがほうきと塵取りもって清掃していた。僕は駅員さんに云った。「ちょっとお尋ねするけど、勝山、比島、発坂、小舟渡と駅名があるけど、この駅名の由縁を地元の郷…

孫の雄哉が会社を立ち上げた

 彼は大学を卒業して就職もせず奥山に入り、一人黙々とサーモン養殖の道を歩んでいる。詳しくは「世界一うまいサーモンをつくる」のユーチューブ動画を御覧ください。彼は先日土地付きの中古住宅を買ったとの報に接し、私と妻とでその近辺の住宅を一軒々々探していたら、偶然孫の車に遭遇した。車の中には天井の板に使う木製品が沢山積んであった。孫に案内されてその家の玄関に辿り着くと前住人の名前が記された表札がまだ掛か…

厳戒の辞

  僕はいま急ピッチで未知日記という本の紹介を行っています。この本は自己出版の形を取り、まして残部も少ない故、一般書店では取り扱っておりません。おそらく今後、皆様の生きておられる間は決してこの書の内容を目にすることはできません。今が唯一の遭遇の機会であると思います。 もし関心のあられる方は、どうかそれを別途記憶させていただけると有り難いと思います。あなたのこれからの人生に大きな影響を与える、珠玉…

「龍体文字の神秘」の本がポストに入っていた

   昨日昼の三時頃、孫の誠悟を訪ねて森 美智代さんの本を注文してくれと頼んだ。すると本日朝の十時にその書がポストにはいっていた。僕は一週間はかかるだろうと思っていた。あまりに速い到着で正直ビックリした。本の中に全四十八文字一覧があったのでホームセンタに本を持ち込みA3の大きさに拡大して二十枚コピーしてきた。 さあ、誰に配るか暫く考えてみる。下手に配る処を間違えるともらった人は「はて?なんだこれ…

不思議な人もいるもんだ

 ユーチュブを見ていたら不思議な人を見つけた。その人の名は森 美智代さん、六十歳の大阪在住の鍼灸の専門院長だ。この方は自家製の野菜ジュースを一日コップ一杯だけ召し上がり、普通食を摂取しないで二十年もの長い間、講演活動を行いながら自分の病院を経営されている方だ。著書も何冊か出されている。 森美智代 プロフィール 1962年生まれ。短大卒業後、養護教諭として大阪府で勤務中に難病の脊髄小脳変性症を発病…

いよいよ左義長祭りの開演か

 勝山の市街地に短冊が揺れている。来週から左義長祭りが始まる。幸い好天に恵まれて盛大な祭り 運営がなされることでしょう。 老者は過去を語り、若者は今を語る。 今から四十年前はどこの櫓も閑散として見物客もごく僅かの静かな祭りだった。当時、櫓を建てる時は壮年会員三十数名が総出して、早朝八時から夕方まで懸命に頑張った。総指揮官は町内の大工さんであった平林さんが務めた。当時六十歳を超えているのに身軽な方…

降雪の長期化…………

 今の心境は綺麗な夕焼けが終わり、静かに日没してゆく太陽をひとり拝している感じだ。思えば七十数年間、父親の庇護のもと、親が建てた住居に今日まで住みつき、世間の大方の人が苦しむ住宅ローンの苦しみや家賃の支払いの督促をも知らない。全く脳天気な爺様だった。数日前に隣の北陸銀行の三階建ての建物も無事撤去され、窓からは明るい太陽の日差しが五十数年ぶりに流れ込む。しかし五十年前に修理された茅屋の外壁が突如顕…

鳥取、島根は震度五。遠く離れた我が家は震度一の軽震 しかし…………

 この二か月前から我が家の隣の建物である北陸銀行三階のビルを立て壊している。今日は我が家との境界地1メートルの所を破砕している。震度一、あるいは 震度二程度ならば我慢もできるが時々地下から突き上げてくる衝撃音と振動には、身も心も飛び跳ねる。まるで地下深くで百匹の大鬼が御 陣 乗 太鼓の大合唱をしているようだ。愛犬サクラも毎日クタクタで吠える元気もなく、小刻みに震えばなし。工事はあとまだ一か月も続…