覚者慈音334

光明論 上巻 巻の一                 その18                     セイキヨウ貴尊 講述  形ある光と汝等が肉体は地球とか、或は娑婆とか云へる位置を有する処に作り出ださるが故に、昨日はここに住み居ても、明日は何処に住ぅかは予知する力の光を持ち居らざるべし。此位置を変更するは限度即ち時間空間あるに依て知らるる限度なるべし。斯る不自由なる光の心、或は肉体の光も皆精…

覚者慈音333

光明論 上巻 巻の一                 その17                     セイキヨウ貴尊 講述  我は慌て者にて何度も失敗を重ぬるなりと云ひながら改めざる人多きものなり。雷光火花の物を照す如く、すべてを観察するは正しからずと云ふは、汝等にもよく諒解して居ながら是を改むるを得ざるは何故なるかを究めて工夫に工夫を重ねざるべからず。人間に修養々々と己の智識の程度をたかめ見…

覚者慈音332

光明論 上巻 巻の一                 その16                     セイキヨウ貴尊 講述  そはとにかく表面の信仰と仰せられしは即ち雷光或は火花の信仰を仰せられたるにて、かるはずみの信仰は却って身も心も危くするなり。世の中にはいささか変りたる事を見て、直ちに無条件に信じて苦み居るを見る。例へば今、汝等が住む付近には薤(にら)を食し居らば爆撃はまぬがるべしとの流…

覚者慈音331

光明論 上巻 巻の一                 その15                     セイキヨウ貴尊 講述  例へば車内等にて未知の人が我顔を見て笑いしとか、我を睨みたれば我、又ねめ返へしやりたりとか、訳も無き事より争闘を惹起すなどの事をよく見受くるは是火花の光明なり。身装粗末なる人が高級車に乗り込み居らば、彼は室を間違へたるにはあらずやなどと訳も無きことにさし出で、却って己赤…

覚者慈音330

光明論 上巻 巻の一                 その15                     セイキヨウ貴尊 講述  下記に記す道話は、日本の古代、セイキョウ貴尊が修業のため山に入山された折りに、師の坊より教えられた実話です。 セイキョウとは職位を意味し、正式にこのセイキョウ貴尊をお呼びするにはコ-ケン.ムイ.リョウジャ.セイキュウ貴尊と心の中で呼ぶ必要があります。この大宇宙にはセイキ…

患者慈音329

光明論 上巻 巻の一                 その14                     セイキヨウ貴尊 講述  変調と云へば汝等は霊感によって世の中は急速に明らかに開けて何事も神の如く、手に取る如くに察せらるるやに感じなばそはあやまりなり。例へば明日は汝の命終ると知りなば汝は慌てふためかん。知らざるが故に幸なるにあらずや。我の云へる変調とは斯ることにあらず。即ち今日迄心づかざりし…

覚者慈音328

光明論 上巻 巻の一                 その13                     セイキヨウ貴尊 講述  人間は生老病死の悩みあるに依って金銭を必要とす。然るに其度を超ゆるに依て貪欲(どんよく)の心を生じ、ある上にも望む故に果てはその金に縛られて生命迄も失ふ如き罪を犯すに至るは、是非も無き事ながら愚も亦甚だし。「元日や何は無くても親二人」の境涯に達しなば楽しかるべきに、「元…

覚者慈音327

光明論 上巻 巻の一                 その12                     セイキヨウ貴尊 講述  汝等は圧力に富みて引力乏しき故に集合せざるなり。元来人間なる胞子は圧力と引力と共に平行して具はりあるに不拘、他を圧して己止らんと計る自己心を強くする悪癖あるに依て引力性を乏しくす。他を引きて自、和すれば自他は一体となりて光彩の度を増すことを計るべし。霊光は是にいよいよ智…

覚者慈音326

光明論 上巻 巻の一                 その11                     セイキヨウ貴尊 講述  汝等此物語によりて霊光の尊さを知りたるならん。霊光は善悪正邪に和して色に染まざるは此例の如く、娘の悪に化して即ち悪を以て悪を洗ひ清めたるなり。此理は汝等も知る如く衣服の油垢は石鹸の油を和せしめて脱落せしむると同様にして、和して清むる方法なり。又塩魚は塩水に浸して塩味をぬ…

覚者慈音325

光明論 上巻 巻の一                 その11                     セイキヨウ貴尊 講述 「形ある光は速度を有すれども、霊光にはその要なし」  速度とは何ぞや。星の光には光速度何光年とか云へる如き速度なりと思や。然り是も速度に相違なけれど今少し汝等が霊光に充たさるる教への速度こそ、最も汝等の要求なりと信ずるなり。汝等が口にする人生五十年、百歳生くるは古来稀なり…

覚者慈音324

光明論 上巻 巻の一                 その10                     セイキヨウ貴尊 講述    「太陽の光には朝夕昼夜の別ありて時間空間距離を有すれども  霊光にはかかる不便なし」  太陽と地球との関係の如く、人界には優勝劣敗より生ずる栄枯盛衰は免れず。昨日の味方、今日の敵と移り変りのめまぐろしさ。一方に喜悦あれば、一方に悲哀あれば、何万年否何億年の昔より連続…

覚者慈音323

大霊界を転記し終えての所感  この大霊界が執筆されたのは昭和26年1月5日からその年の10月15日まで、ざっと300日を費やしている。附録として語られた第9,第10の門がどれほどの文章量かは知るすべもないが仮に50頁程と想定すれば総頁数は430頁となる。この書籍は普通の文字よりもずっと小さく、普通の書籍に換算するならば、ゆうにその3倍の量を越える。するとこの一巻だけで1200頁にも及ぶ大著書にな…

覚者慈音322

光明論 上巻 巻の一                 その9                     セイキヨウ貴尊 講述  「位置を有する光には居を有す。霊光にはその要なし  形ある光はものを焼失せしむれども霊光はかかる危険なし」    位置を有するとある位置とは何の意味を指したるか。上の高位高官より下万民悉くは皆位置なるべし。貴賎貧富の差あるとも人間としての身に何等変る事なし。居とは其位置に…

覚者慈音321

光明論 上巻 巻の一                 その9                     セイキヨウ貴尊 講述 「形を有する光は破壊するを得れども霊光は破壊するを得ず  形ある光は食を与へずば滅す。霊光には食の要なし」  人は修養の力に依って悪人も善人となし、愚者と雖も智識は得らる。又罪を犯したりとて悔ひ改むれば許されて清めらる。恰も燈燭は風に消されて又点火さるるが如く、破壊するには…

覚者慈音320

光明論 上巻 巻の一                 その8                     セイキヨウ貴尊 講述  如何にも野蛮の如く聞ゆれども日蝕は紫外線強くして眼に故障を与ゆるは事実なり。然して日月の触する如く人もめぐり来る種々様々の変動あるを見る。又日月にかかる雲あり。雲とは何なるか。即ち思ひがけぬ不時の災害、心の迷ひ、迷はさるるに依って起こる障碍を列挙し見よ。数限りなからん。是…

覚者慈音319

光明論 上巻 巻の一                 その7                     セイキヨウ貴尊 講述  「形なき霊光は普く百方を照らして全からずと云ふことなし  大小高低曲直はもとより善悪正邪、ものの美醜を嫌はず、  そのままに現はして偽る事なし」  太陽と地球及び星月は衝突せざるも規律正しく流転生存しあるは即ち霊光の力あるに依ってなり。されば形なき霊光は無極無辺なることを…

覚者慈音318

光明論 上巻 巻の一                 その6                     セイキヨウ貴尊 講述  或富豪の登山家最後に残せし霊山に登らんとせしに、其家の召使ひの老翁是非に供をと願ふに、如何に止むるも是非に是非にと云ふ。漸くに承知してわざと荷物を重くして登山し、道に老翁の苦むを見て心密かに悦に入り居りたり。漸くにして老翁は歯をかみしめ汗を流しながらも不撓唯頂上の神に詣で…

覚者慈音317

光明論 上巻 巻の一                 その5                     セイキヨウ貴尊 講述 「一本の花、一椀の飯(はん)、一滴の水悉く光明ならざるはなし」 花はもとより色にして光明と云ふも頷かるれど、飯、水に至っては汝等には奇異の感に眉を寄するならん。されど飯(はん)と水は人間のみならず、動物には大切なる光明なり。飯とは単に米を指したるにあらず。米ならば飯(いい)…

覚者慈音316

光明論 上巻 巻の一                 その4                     セイキヨウ貴尊 講述 「点火さるれば光を放たん。所謂滅したるにあらずして無明の光明と変じあるにすぎず」 と仰せられたり。  汝等も思ひあたることあらん。彼は生前よき人なりしに今少時にても生かしてをきたかりしとか、或は彼の如きは世に害毒を流す故死せしは幸せなりとか、彼は忠臣なり、彼は不忠の臣なりし…

覚者慈音315

光明論 上巻 巻の一                 その3                     セイキヨウ貴尊 講述 「魂魄は点火の如し」とあり。 その肉体を燭にたとえ魂魄を点火にたとえられたるには深き意味あることに心せざるべからず。近代の燈火数多きを捨て、特に古き時代をくれの燈燭を択ばれたるは何故かを考慮せよ。又蝋燭とも言はず燈燭と語らるるにも留意せよ。又燈火とも云はれざるにも考へをめぐ…