光明論上巻   円海大師  (現在のインショウミキョウ貴尊)が地球に生きていた時の修行    円海大師講義

 昭和二十一年の春,円海大師は百八十歳の高齢にてチベットの高山にて昇天された。その時の様を未知日記「光明論」には・・・ 教主寛大は次のように云われた。 「円海は召しだされ出現し来たりし時,己が肉体を土中に埋めてそして魂のみ上昇し来たりしと聞かさるれば世人は如何に考うるや。円海は自殺したりと考うる人は多かるべし。」と記され又「円海の如く天界より召されて己が肉体を地中に葬り,そして脱魂して天界に来た…

覚者慈音311     大霊界   最終章 フア.フンの門  教主寛大講義

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の五                         NO256 大霊界入門記    後編                  最終の巻  センの門を越へて                                                                 その1                        教主寛大講述 …

覚者慈音  川上村と慈音・・・・・     衛藤慈声著

覚者慈音 川上村と慈音 慈音を指導した人々 母,中木検校 円海大師(鈴鹿の仙人) 泰岳大師 リョジャ.セイキョウ貴尊 教主とテッシン貴尊 序文 慈音とこだま会の発足 慈音の生地奈良県吉野郡川上村を訪ねてみたいと考えだしたのは未知日記の講義によって人類の出生に関してその知識を持たされた時であった。 地球人種は半人間半動物の姿におかれ,知識の成長度からすれば十流界にて十位の低きに位している。そして実…

未知日記講話集  大霊界 光明の人とは   教主寛大講義

大霊界とは神の世界か    第十二巻  大霊界        その3                                                   教主寛大 講述  記録盤(仮称)より外さるる程度の修養修業こそ望まほしけれ。記録盤に記されある間は何等かの必要ありて残され居るなり。記録盤の要なければ既に其はぬぐひ去られて、再びその位置に戻さるるものにあらざるによってなりと知る…

未知日記    大霊界 心に伝ふる無言詞と魂に‥‥   教主寛大講義

心に伝ふる無言詞と魂に伝ふる無言詞の相違  その11                                                                                                                               教主寛大 講述  斯くすればかくなると思ひて迷ひ居らば、斯くなるの連続にしてはてしなし。未知…

未知日記   第十一巻   絶対界   夢を見る以上心眼はあるなり   テツシン貴尊講義2021.03.13

未知日記  第十一巻   絶対界   第四章  絶対より見たる滅不滅の関係  テツシン貴尊講義2021.04.12  すべて物事を区分して考ふる時は、何事に限らず分離して其理をきはめずば解釈することはがたし。故に右と云へば左を考へ、我と云へば彼を聯想するによって相対関係となる。今ここに一つのものを見る時我とその物との対照によって、彼是と批判する事を得れど唯その物のみにては、何等想像することはなし…

未知日記   絶対界   神霊界 魂眼 霊眼について      テツシン貴尊講義   2021.0311

未知日記   第十一巻   絶対界   夢を見る以上心眼はあるなり   テツシン貴尊講義2021.03.11  肉眼とぢて眠り居る間に夢を見る。たとえ其夢が肉体神経の作用なりとは云へ見るものは見つつあるなり。諸子は是を錯覚とか、神経衰弱なりとか、何々の作用なりとか語り居れど、夢を見るは心の動揺なるべし。心の動揺とは心眼なりとこじつけにはあらざるなり。夢を見る人間なる以上又動物なりとも、すべて生あ…

未知日記   絶対界   神霊界 魂眼 霊眼について      テツシン貴尊講義   2021.0311

未知日記   第十一巻   絶対界   絶対と相対の関係 テツシン貴尊講義 2021.03.11  絶対の中より相対をつくるは易く、相対より絶対をつくらんとせば、相対を様々変化せしめざれば望みは達し難し。いささか言葉の到らざるが故に、諸子はすぐれたるものを作らんとして種々様々工夫をなして、変化に変化を与へしめ居るは、相対より絶対に至らしめんとの考へより実行に移し居るにてはあらざるか。絶対より相対…

未知日記   絶対界   神霊界 魂眼 霊眼について      テツシン貴尊講義   2021.03.09

未知日記   第十一巻   絶対界   魂眼  霊眼   テツシン貴尊講義 2021.03.10  肉眼には肉眼の任務あり、心眼には心眼のつとめあり。魂眼霊眼悉くみな然あるなり。分を知らずと語り居るは此理に基く。肉眼にて見え難きものを見んとするはそは分度を知らざるが故なり。肉眼に見ゆるものは肉眼にまかせ、其以上のものは心眼にまかせ、心眼に及ばざるものは、魂眼霊眼に委することを分度と云ふなり。例へ…

未知日記   絶対界   神霊界   ミキョウの泰岳のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.09

未知日記   第十一巻    絶対界   テツシン貴尊講義 2021.03.10  諸子は徒らに経路に囚はれて結果を考へず。その時々の有様に従ひて考へを新らしくするが故に、大自然の順路を歩むことを得ざるなり。されば大自然に順ぜんとならば、先づ己に架せられたる任務をよくよく弁へて、その後其道を正しく歩むならば、所謂大自然に順ずるが故に、結果に於て安全なる居に安んずることを得るなり。人となりて何にな…

未知日記   絶対界   神霊界   ミキョウの泰岳のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.09

未知日記   第十一巻    絶対界    神霊界   ミキョウの泰岳師のこと   テツシン貴尊講義 2021.0309  汝は其家に住居て神との約束を履行せず、然して永久汝のものとして、神を虐ぐるならば如何なる結果をもたらすや。汝、神より力すぐれて神を虐ぐるとも家は家なり。汝を安らかに住まはするならん。さりながらもし神がその家を見捨て給ふならば如何に変化するや。其家に対して修理を施さずくちはつ…

未知日記   絶対界   神霊界   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.09

未知日記   第十一巻   絶対界    小さき自然と大なる自然との区別 テツシン貴尊講義    2021.0309  小さき自然と大なる自然との区別はここにあるなり。小さき自然とは相対を現はし、大自然とは絶対を云ふ。此理に基きて考ふる時小自然より見る時は、地球が一回転するならば、愚人の語る如く天井に落ちると思ふも無理ならぬことなるべし。然るに是を大自然より考ふる時は愚人の説は笑話にすぎざるべし…

未知日記   絶対界   神霊界   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.09

未知日記   第十一巻   絶対界    テツシン貴尊講義    2021.03.09  例へば一つの.環をつくりて終始を定めなばつなぎめが現はれて、終始の定めは明らかとなる。されどその環につなぎめを有せずば、何処が初まりにて何処が終りかは知ること難からん。然して始終定まらざるが故に、円満して安らかなるべし。恰も其と同様にして我等の語る絶対とは始終を有せざる環の如きを絶対と云ふ。始終を有する環は…

未知日記   絶対界   神霊界   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.07

未知日記   第十一巻   絶対界   絶対の意味     テツシン貴尊講義   2021.03.08  諸子の思ふ考へは行きづまり或は結末を聯想するならん。其は極端より極端に通ずる一路にして、限りあるが故に有限絶対となる。有限絶対は真の絶対にあらず。我等の語るは無限絶対を指すなり。発端より極致に至るは限度を有す。限度を有する以上絶対とは云ひ難し。限度を有すれば物事は確定す。我等の語るは不確定な…

未知日記   絶対界   神霊界   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.07

未知日記   第十一巻   絶対界  絶対の意味  テツシン貴尊講義  諸子は結末とか或は行きづまりを絶対と考ふるが故に、我等が説に対して解し難き点多からん。終末とか結末とか或は行き詰まりとなりたる場合を、絶対と考ふる時は我等が語る絶対の意味は、反対となる関係あるなり。我等の語る絶対は永久不変にして、はてしなきを絶対と云ふならば極致とか行き止りとか云へるものとは、従ってそのおもむきを異にす。人と…

未知日記   絶対界   神霊界(一流界)   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.05

未知日記   十一巻   絶対界   我等は諸子に対して神を教るものにあらず   テツシン貴尊講義  2021.03.05   されば目標とは何かに心せよ。我等斯く語らば目標とは神なりと諸子は考ふるならん。唯一言に神と語るならばそれは大なる誤ちなり。我等は諸子に対して神を教ゆるものにあらず。又如何に教ゆるとも神を知ることは難し。されば何を以て目標とするや。諸子の考ふる神と我等が語る神とには大なる…

未知日記   絶対界   神霊界   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.04

未知日記   第十一巻   絶対界    テツシン貴尊講義2021..03.04  即ち富者は学者の智慧をかりて利慾を恣にするとならば、何れが愚者か賢者に属するかを知るの由なからん。其は兎に角賢愚と云ふは智慧の尺度なるべし。然りとせば賢愚は智慧の程度を計る尺度に他ならず。用法の如何に依っては種々様々の変化あるのみにして或は賢となり、或は愚となる関係も含まれあるならん。故に霊を智慧の源とし智慧より…

未知日記   絶対界   神霊界   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.04

未知日記  第十一巻   絶対界   テツシン貴尊講義   2021.03.04  零に於てすらかくの如き働きを有す。まして霊の力すぐれたるは云ふ迄もなから ん。霊は智慧なり。智慧と云ひ霊と云ふも帰するところは一なるべし。宗教者は霊の子は智慧なりと教へをれど、我等に云はしむれば霊のはたらきは智慧なりと語るも可ならんと思ふなり。霊と智慧との関係は微妙なる意味を含むによって、是を一言詞することは至難…

未知日記   絶対界   神霊界   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.03

未知日記  第十一巻   絶対界   神霊界   絶対自然の大法 テツシン貴尊講義   2021.03.02  絶対自然の大法を正しく認識せばその法に基きて、法力は自得すること難きにあらず。この大法を認識することあたはざるによって、心は動揺し迷ひは深くなるなり。迷ふが故に甘きにひかされ、苦きに屈服する結果となるなり。大自然はすべての人類悉くに与へられたる大法なれば、みなそれぞれの分野に対してその…

未知日記   絶対界   神霊界   天眼地眼通のこと    テツシン貴尊講義   2021.03.02

未知日記   第十一巻   絶対界   第三章   絶対の性質   テツシン貴尊講義 2021.03.02   諸子の考んがふる絶対とは、自にも属せず他にも属せざる底のものを、絶対と誤認し居る事を我等は知る。その考へはあやまちなり。自にも属せず、他にも属せず、善にも組みせず、悪にも組せざる如き頑固なるものを、絶対と考ふるならばそは誤ちなり。自他一如善悪一如と云ふは斯る底のものにあらず。例へば右に…