2020年11月のブログ記事

  • こだま会講演日記    第九十三回   坂本通博 筆記

    三月十五日 人間には魂があるから、すべてのものを育てたり又種々と工夫するする力あり。 之は魂なくしては発明工夫は出来ない。 同じ魂をもっていながら皆それぞれ魂の程度がちがっている。之をそれそれの人の持つ個性と言ふ。 魂の種類も種々様々あり。皆その魂を働かせるのは、その天分つまり与へられた個性をもと... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第九十二回   坂本通博 筆記

    三月八日 人間は何かたよりにするものがないと淋しいもの。 子供に親がなかったら経験のない人にはわからない寂しさあり。 子は親によりかかり、長じては夫婦として男女たより合ふ。 生涯連れ添って居られればしあわせ。一方が欠けるとこんな淋しい事はない。 人間一生涯のうち何かたよりにするものにすがり度いと言... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第九十一回   坂本通博 筆記

    三月一日  続き 例へ七歳の童子でも人間として人間を知ったらば、すべてのもののちょうじ。(長子)。 人間の程度まで尺度計を伸ばして人間がわかり、それを又引き延ばして天界がわかり、又之を引き延ばして神界がわかる。 先ず人間と言ふものを知らしめ、次に天界神界まで導けば私共の務めは果せる。 先ず人間と言... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第九十回   坂本通博 筆記

    三月一日 婦人と赤白の糸巻きの話(之は宗教的の尺度、善悪者邪正の尺度) 尺度計はこれである。 人間には一生涯のうちに八十一回の大難に合はねば本当の人間になれないと宗教者は教へる。之は破壊(20年)分解(40年)融和(60年)組織(80年)の四期四段階を終らねば本当の人間になれないのだと言ふ。之を八... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十九回   坂本通博 筆記

    泰岳貴尊講義 皆の心も大分明るくなってめでたい。 のど坂過ぎれば熱さ忘るると言ふが、皆は何か忘れて居る。 拝みせよといつも円海が教へて居る。 拝む心とはたましひ、心を美しくする。洗濯する、アンと言って心を 洗ふのである。 たましひを洗ふ   たましひを磨く たましひは元より光あるものだが、人間のか... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十八回   坂本通博 筆記

    二月二十三日 方位方角のうちで廻転しているものと固定して居るものとある。 之は地球が廻転して居る言ふ丈ではない。前回の加藤氏の考へ違いも之。 心とたましひと肉体の三つのうちで心は廻転する。 心には陰陽あり。 たましひにもあることはあるが心の陰陽とは違ふ。だから先ずたましひは固定した方角。 心を分け... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十七回   坂本通博 筆記

    泰岳貴尊講義 皆さんは眼から、鼻から、口から、耳から災ひを取り入れる。 その中で一番災ひを多くとるは眼。眼から来る災ひは大きい。 美しいものを見ればきれいだなあと思ふ。高嶺の花を見れば一本取って帰りたいと言ふので折って帰る。既に泥棒。 美男美女を見ると惚れる。既に邪淫戒を破る。その時は何でもないと... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十六回   坂本通博 筆記

    二月十六日 の続き 皆にはこんな経験があるだろう。自分がむしゃくしゃしてしょうがない。このむしゃくしゃがどうしても晴れぬので之を友人に話してうちあけて、之でようやくほっとしたと言ふ事がある。 之はたましひと心の衝突。之はたましひと心の尺度の違ひがあるからである。人に打ち明けて魂と心と平均すると之で... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十五回   坂本通博 筆記

    二月十六日 人間には肉体のわづらひ、心のわづらひ、たましひのわづらひあり。 肉体のわづらひはさのみ苦しからず。苦しいのは良心の呵責、心の病。 之には人間も耐えられない。心の苦痛を何によって治癒するか、之が問題である。 東洋人と西洋人の思想と習慣性、世渡りに違いあり。 然しどちらにしても良心の呵責は... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十四回   坂本通博 筆記

    昨日の続き 泰岳貴尊講義 円海の話が私の話と接近して来ました。 まがたま。天から授かったたま=たましひ。 之は音程より見れば、たまは天からさずかったもの。 これを使ふのはたましひ 之を使うのはたましひ。空の音でない音。 〇の音が空気に及んで発する音の響きになって心にはいり、よい心持、悪い心持と言ふ... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十四回   坂本通博 筆記

    二月九日 熊谷運勝坊 (之は一ノ谷の戦で敦盛を切った人)が京都の黒谷に法然を訪ねて出家した。ある時、法然が説教台に上がると一人の聴聞者みも居なかった。ところが熊谷が紙人形を多く作って来て座らせて、熊谷一人を相手に説教した。人は多く並んで聞いて居ても皆人形と同じで、本当に聴聞する人は一人しかいない事... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十三回   坂本通博 筆記

    二月二日の続き 何を覚えたい、何を覚えたい等、それは心の働き。之ではたましひは眠ってしまう。 たましひを眠らせない様に働かさせねば人間の道はわからない。(心丈では) たましひを使っていない、心ばかりの修養をしている。心で聞いて居るから皆忘れてしまう。それにはどうしたらよいか。仕方がないから沈思黙考... 続きをみる

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  • こだま会講演日記    第八十二回   坂本通博 筆記

    二月二日 人間の生活は気の生活、心の生活、魂(たましひ)の生活と言ふ風に分けて考へる事が出来る。尺度計も同じ。も一段うえになると霊の生活。 皆は心の生活をしている。だからたましひを見付ける事は出来ない。病気をした者でないと病気の味はわからない。戦争も、した者でないとその味はわからない。 自分が経験... 続きをみる

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