覚者慈音907   未知日記 第六巻 光明論   上巻 光明論 巻の五  天地創造の妙  教主寛大講義

覚者慈音907
未知日記 第六巻 光明論       
上巻 光明論 巻の五 
明鏡篇  その五
第五の明鏡   その3
天地創造の妙、太陽と惑星は如何にして出来たか



                教主寛大 講述
                2019.⒊29                        182番


  かの二つの光は分解して種々様々なるものを作りつつ、尚も汝等の地球をも現はし、尚も植物植物を作り、其二つが天地陰陽となり互にもみつ、もまれつ人類はもとより総ての動物は互に勝手気儘の行為をなし、強きは勝ち弱きは倒れ、又悪魔の横行に神の天使達は是を追ひ斥けつつ彼方に去れば此方に又異なる悪魔の現はれ、彼方にかくれ右往左往する様の実に不可解なる事のみなるべし。然して其は今に何時はつるとも知られざるなり。是が我問の総てなりし。又二つの光が第五の鏡にては、すれつもつれつなしたるに過ぎざりしが、第四の鏡に於ては斯くも細々と映されたり。然して此二つの光に於ける意味には又言葉の論議も含まれたり。そは他ならず。神の道神の法則が人類に及ぼすすべての事柄が一なれば、他に論議の余地なからんに、甲論乙駁の区別あるを見れば神の法則神の道は一とは云ひ難からんとの事柄も此二個の光の摩擦の中に含まれあるなり。質問の鏡は大要かくの如くにて終を告げたり。
 さて答への鏡は暗黒の外周より明るみを生じ中心迄明るくなりし頃、我問の二個の光が現はれたり。今是を第四の鏡に映し見ん。鏡の曰く、かの外面より次第々々に明るくなり行くは、即ち神の威徳による力にして神の通力なり。此通力にて不動気は動気を通過せしめて気と光を作る原因を作るなり。故に内部へ内部へと下りつつ明るくなり行きて全宇宙にみなぎりたり。是より総ては初まる。然して其光によりて宇宙全体の総ては造られたるなり。

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