覚者慈音638  未知日記 第一巻  行法    伊東慈音

覚者慈音638 未知日記 
未知日記 第二巻  行法    
第一 行法の大意
           其の1 
   
       
              テッシン貴尊講述


 



テッシン貴尊について
二流界の下部にお生れになり,現在は一流界監督の任にあたって居るとだけ
である。貴尊は既に性別を超えた永遠の存在であられると思う。

未知日記には教主曰く
「されば,テッシン,セイキョウは如何なる者に化せられ居るやと諸子は聞

きたく思ふならん。セイキョウは四流界を支配し,今はもはやその任務を終
はらんとなし居る程度まで進み居るなり。
テッシンは最早一流界の支配者にして大霊界と一流界を往復なし居れど住居
は未だ有し居らざるなり。されど,ミキョウはと云うにミキョウは無言詞界
を終へて,漸く大霊界の下部に進まんとなしおる程度と知らば可ならん。故
にミキョウは各流界を支配する程度には進み居らざるなり。


 人界を度脱したる者を以て神と敬称するならば、ミキョウも神にして、我も亦神と云はれん。然れども我等は貴神に奉仕する下僕にて神にはあらず。故に汝は我に接するに恐懼する事なく、ミキョウに接するが如くせよ。恐懼せば論旨に過誤を生じ、却って意志を汚さば得る処空しからん。故に我、汝に臨むに際し一言以て注意をなす。
 行法を論ずるに先だち、先づ、心得おくべきは神と云ふ事なり。人間は神を高くせんとて、却って低くし不遜不敬に終れり。何処の神のお姿は大蛇なりとか、或は獅子なりとか、人間の恐怖すべきものを示めして恐怖せしめんと謀る如きは、不敬も亦甚しからずや。人間如きものを屈従せしむるに人間以下の動物の姿を用ゆるの要あるべき。愚なる事どもかな。汝等は斯る愚説に迷はさるる事なく、神の神を覚知しおかざれば真の行法を体得するあたはざるは勿論、我説く処の道理を弁へ得ることあたはじ。然らば従来の伝説は全く根拠なき虚説なるかと云へば然にはあらず。是には知りをくべき事あり。今是について語らん。
 地球の雲上、空気希薄なる処より全く空気なき処との間に、魂魄の浮遊し居れる処ありてすべての動物此処に魂魄を置く。其なかには種各々様々なものあり、人間の多くは此処に霊を止めるなり。此処を人語にて命名せば浮住界とも命名すべきか。宗教者わけて仏教者の教ゆる地獄極楽とは此処を指したるならん。此処には通力を得たる動物の魂あり。信仰ある者、なき者、種々様々にして言筆の及ばざる蠢き騒ぎをなし居れり。
 又地上にて年経たる動物中には、ミキョウの称ふる空源力即ち神通力を応用して得たる行力を巧みに使用するものもあるなり。故に信仰篤き者薄き者の区別なく、此処迄は皆集まり来る。然して此処を脱し得る者極めて稀なり。此の中にも行力優れたる者は、早く浮住界を脱せんとして種々様々の法を用いて。人心を集め、大衆の力(ミキョウの説ける気光素)にて度脱を諮る者あり。すべて彼らは気光素の応用に依りて、蜃気楼の種類に属するものを用いて人間の眩惑を計り、自己を神の如く装いて。大衆の気光素を集め、其れに乗じて浮住界を脱せんと企っ。然るに中には傲慢にすぎて、却って顛落する者あり。是等の中には悪魔ならざる者、或ひは魔と称するもあり、悪魔もあるなり。


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