覚者慈音 2   慈音を指導された貴尊方    衛藤慈声


「何故斯る書名(大痴大覚)選んだかと申しますと,私の先輩に泰岳と云う人がありまして,生まれつき愚物でしたが子供の頃から寺参詣が好きで夜が明けてから眠るまで,ブツブツと云いながら拝むので坊主にしようと寺に頼んで出家させようとしたが一ヶ月足らずで断はられて望みは叶はなかったと云う愚物だったのです。処が丁度私の師の坊が巡行の途次,この小児をみて何か思い当たることがあったものか,徒弟として山に連れ帰ったが「オン.アビラウンケン.ソハカ」を教えるのに一ヶ月を要したと笑って居られました。それだけでも愚かさの程度はお分かりじゃろ。
其の泰岳が大悟を得たと云えば,慈音さん,不思議とは思いませんかな。
丁度私が入山を許された頃には彼の人は徒弟中の上位に置かれて,他の徒弟達に法力を伝授しておりました。見るとその技量の優れているには唯ただ驚嘆の他ありませんでした。「霧開きの法」をなすにも普通は四五間より払えませんが,彼が払うと六,七〇間を払ぅて其れが急にふさがらないには,初心の私は眼を円くしたものでした。彼は師の云わるるほど愚かだったろうかと師の坊をさえ疑われるほどでしたが,大日経一巻を覚えるのに十一年かかつたと聞きましては成る程と思いました。師の坊の云われますには「彼は心の者ではなく,魂の者ぢや。」と
師の坊が初めて彼に会った時,その合掌して居る姿に心惹かれて徒弟にしたと云うことです。彼は小柄で丁度慈音さん位な人でしたな。其れぢやのに彼の警蹕の声ときたら実に素晴らしいものでどんな猛獣でも尾を巻いて逃げてしまうという実にものすごいものでしたから,大抵の人なら気絶するでしょう。徒弟仲間すら震え上がったものでした。      
其れが食事でも徒弟の一食分が彼の二食分ぢやのに彼は肥満して,健康は人に越えて優れて居るのぢやから。不思議な身体の持ち主です。
師の坊は云われますには「法としては吾に学べ,然し正しき信仰は泰岳に学べ」とな
「同じ呪文を称えても,彼の如く効果はありません。彼は法力を行う時,軽く呪文を唱えておるのに効果は顕著ですが,他の者が力一杯気力をこめて一生懸命やっても彼の半分にも及びません」
更に,円海大師は


「我等の門兄泰岳と云える者は生来世間より愚物と云われたる人なり。然るに彼は行力も衆人に優れて行者の上位に置かれ,多くの徒弟より敬われたり。多くの徒弟はは彼に教えを乞えば,彼は知らずとのみなるに其れにて満足すべき回答は得らるると云う不思議なる法力,不可思議なる天分を有する人なりき。即ち,彼は霊的信仰の人にして,精神信仰,肉体信仰のひとにあらず。生まれながらにして霊的信仰の持ち主なりしなり。所謂,彼は霊的信仰によって精神及び肉体共に支配なしおるなり。」と述べられた。


「大痴大覚」は行者の言葉で認められ行者達の間に保管されて今尚下界には不出の書である。教主は泰岳大師について


        リョウジャ.セイキョウ貴尊



慈音の母の願いを容れて,仏教信者で盲目の慈音を救い導かれたのはリョウジャ.セイキョウ貴尊がまだインショウ.ミキョウ貴尊の座に居られた頃のことである。現在貴尊は四流界の司配監督の任にあたられ,其の任務も今は終わりに近づいて居られる由である。註(昭和三八年)
日本人として地上に生存された当時について,貴尊は「我,日本に在りし頃,神を冒涜する輩はあらざりしを思えばうたた今昔の感に堪えざるなり。」と仰せられて居るところから推察して貴尊は日本古代,其れも相当古い時代に生存されていたと私は拝察するのである。其れは外来思想の未だ渡来浸透せぬ即ち,支那文学や儒教,仏教の入って来ぬ時代,純粋に建国当初の信仰理想を日本民族が保持していた時代に生活して居られたのではあるまいか。
未知日記の説く処によれば日本は当時,世界の智者達が地上の各地より参集して,日本の土着の智者達と計り,人間生活のモデル地区として先天の易理論,即ち大自然の法則をものにたとえた自然宗教を骨子として建国した国である。
「我,先に語りし如く,汝等諸子の世界の常識,学問は天界に通ぜずと語りおきしは是なり。我の云ふ聖者と全て心身を魂霊に任せおらば斯くも不思議なる具備を有するが故に,一般人とは全くかけ離れたる姿に化せられおるに過ぎず。故に一般人より見る時は彼は全く愚者の如く思われ居りたるなり。」と
「大霊界」において其の人となりを解説されて居るのである。是は人間組織の複雑さを物語るものである。は天界を知る学者を云ふなり。故に泰岳は汝等の世界にてこそ愚者と言われる人なれど,天界より見るときは彼は愚者にあらず,聖者なりしなり。故に昇天したるなり。
彼は心身の人に在らず,魂霊の人にして,無言詞を聞く力備わりありたるによりて幼き時よりたえず天界を観望して,そして大自然に順応して唯ただ拝みを持続し居りたるなり。既に彼は肉体を下界に置き,その他すべては霊界の人なりしなり。さればこそ師のもとにありて行を営み居りても一般徒弟とは異なり,伎倆衆に優れたる力を備えおりて他の徒弟より慕われ,種々様々な質問を受けたる時,「我は知らず」と答え居りしは心身の姿が下界の人と同様の学問のわきまえなかりし為,愚者の如く見えたるのみにて彼には教ゆべき言葉を知らねば無言詞によって法を教へ居りたるまでにて,決して愚者にはあらざりしなり。
        
          
リョウジャ.セイキョウ貴尊







             教主とテッシン貴尊



未知日記には人間が完全に成長して遂に男女の性別を脱して住する一流界,神界等についての説明は全くと云いたい程省略されて居る。是は地球人の如き成長途上にありて人智即ち相対智のみ使用して魂智(中智)を充分に使用できない人種に取っては消化不良即ち,誤解を避けるための必要からであろう。
小学生に大学生の講義を聴かす愚を避けられた為であると思う。従って貴尊方の任務についても,円海大師や泰岳大師の如くではなく誠に乏しく空想の素材にもならない程乏しいのである。
そうした状況下にあって,教主は全宇宙一切衆生救済の指導の任にあたって居られるのである。慈音老師が如意界に入り,拝聴した講義は教主直々の講義であった。秘伝の修行にあたっては教主直々の指導であった。故に何も知らないとは云えなかった。然るに彼は其の体験を軽々しく口にしなかった。否完全に口をつぐんで居られた。そは地上の言葉,表現法では及ばないからであると説明された。故に私にはすみやかに行じ,自ら体験する日の近からん事をのみ奨励された。又,老師は現在地上のものに例えて語ることは人智のあやまりから将来の禍根を残す結果となる事を恐れられたのでもあった。
私にはさもありなんと無条件に承認出来るのだった。
テッシン貴尊についても殆ど何の記述もない。
二流界の下部にお生まれになり,現在は一流界監督の任にあたって居るとだけである。貴尊は既に性別を超えた永遠の存在であられると思う。
未知日記には



「されば,テッシン,セイキョウは如何なる者に化せられ居るやと諸子は聞きたく思ふならん。セイキョウは四流界を支配し,今はもはやその任務を終わらんとなしおる程度まで進み居るなり。
テッシンは最早一流界の支配者にして大霊界と一流界を往復なしおれど住居は未だ有し居らざるなり。
されど,ミキョウはと云うにミキョウは無言詞界を終えて,漸く大霊界の下部に進まんとなしおる程度と知らば可ならん。故にミキョウは各流界を支配する程度には進み居らざるなり。
汝等諸子の世界より観望する時は泰岳と円海との距離は何極里もへだたりおるなり。然からば何故泰岳とミキョウが交わりをなし居るやと云ふに,先にも語りし如く全宇宙を自由に往来なす力あるによってなり。我斯く語らば諸子は思うならん。
泰岳と円海は同じ国に生まれ,セイキョウも亦同様なれば日本と云う一種の同国人類の血縁が彼等を結び居るならんとの考えを抱くならん。是等は大なる認識不足なり。もし血縁によってつながるるものならば親子兄弟として地上に置かれたる者,その悉くが滅後同じ場所に移さるること疑いなしなど考うる人もあるならん。されど事実はしからざるなり。
「慈音の父母,兄弟,みな悉く分離して現在は居を異になし居る事を慈音はよく知る。されどたとえ居を同うせずとも修養修行の徳によつて無言詞の行終わらば自由は得られるによって,居の如何に拘わらず自由に往来して父母,兄弟と共に対面することも得らるるなり。かかることは医学にては到底解釈すること困難りたる如く想像するならん。肉体人間の区別は汝等諸子の世界にのみ現れおれど,功なり,行遂げたるもの天界に来たらば人種によって鑑別することは得難し。汝等の世界にて黄色人種とか白色人種とか黒色人種とか相違あるも天界に来たらばかかる差別はあらざるなり。唯,修養修行の程度によって定められたる位置によって鑑別せずば計り難し。天界と下界の相違はかかる点に於いても異なり居るなり。
ミキョウ,テッシン,セイキョウと皆悉く程度(成長度)によつて定まり居るのみ。人種によって鑑別することは得られざるなり。
テッシンと雖も二流界より移されたる者なれど,二流界に生まれ来たりたる経路を遡れば十流界(地球)なりしやも計られず。されど今は其れ等のものは記録盤より外されて,現在の鏡にては二流界より移され居るなり。
是等の理由を如何に解釈すとも諸子には到底明むる事は得がたからん。自然の法則にはかくも微妙なる働きを有し居るによってなり。」と



ここで考えて見たいことは慈音老師を補佐鞭撻された指導者は結局地上の学者智者でもなく,哲学者,宗教家でもなかった。
人類の歴史,或いは日本の国史に現はされし人物達でもなかったのである。彼の地上での学歴は高等小学校だけであった。彼の母は日本婦人としては何処にでも見いだす事の出来る平凡な婦人であったようである。唯ひとつ見逃せないことは彼女の信仰である。
長谷の観音を信ずる人は幾万,或いは幾百万に達すると思われるがその信仰の内容に至っては,正真である事と単なる現世的利益を求むることの欺瞞との相違はあるのである。
中木検校も亦世人の眼からすれば一風変わった琴の師匠にすぎなかったのではあるまいか。遊魂自在を得て生の永存を認知した一人の達人と見ていた人が幾人あったであろうか。



「天界より導きをなし居る者の多きに拘わらず,是を受け入れて其れによって向上せんとの考えを有する者の少なき結果,人間は余りに動物性に囚われて行じ居るが故に,進化は遅々として振るわざるなり。天界よりの言葉を率直に受け入れて,是によって道を選ばば順路は易々歩まるべきに,慢心に誇りたる諸子の世界は天界の指導者には耳を籍すもの少なきのみか,是を受け入れて行ぜんとなすものにすら迷信,盲信と称えて是を嘲り,然して彼等を退ける結果,いまなお今日の様(地球の現状)持続しつつあるは実に嘆かわしきことなり。」と
ならん。是を知るものは行を遂げたる者にして得られ,又自由に往来して交わりを結ぶことも得らるるなり。
円海,泰岳,セイキョウなどは同じ日本に生まれたれど,国は皆異なり居るなり。然るに天界に来たりて日本に生まれし何故に貴尊は斯かる言葉を吐かれるのか。円海大師の言によればこの地球上にすら小一万の行者が生存されて世人の指導にあたって居られると聞く。然るに肉体の欲求に迫られて,是に囚われあるによってその徳を感ずるに至らざるなりとは貴尊のお言葉である。結局人は己の無知に気づかない程,日常の生活に忙しいのであろうか。
   昭和二七年五月末日以来はじめてこだま会集まる
      「今日から私も完成したから遠慮なくはっきり断言する」
    慈音


  




序文



衛籐慈声著


昭和二八年一二月一八日午前五時覚者慈音はひっそりとこの地球を離れた。
少数の血族に見送られて彼は使命を全うするために死臭を発する肉体に其の三年余の歳月を此の地上に止め置かれていた。然して使命を全うした現在彼は貴尊方に迎えられて昇天したのであった。人として全き成長を遂げた覚者として,個性を完成した人として天界に迎え入れられたのである。


「形(注肉体)を有する間に無形の魂を確かに見極る修行こそ肝要なるべし。古来よりその理をたしかに語りたる指導者は少なかりし為,世は却って混乱し迷いを深くするのみにて無形(魂)のものの余りに広大無辺にして其の理を究むることの難かりしためなり。此のことを憂いたる教主は無智の慈音を通じて世人に其の理を深く認識せしめんと計られしを諸子は喜悦として深く研究せられんことを」と未知日記(絶対界参照)講師は記された。



教主が慈音を択びて指導しその無形の魂を発見なし是を見きわめ,その魂を育成強化して完全に半人間半動物の地球人慈音をして動物性を脱却して完全なる人として成長を遂げしめたことは,彼慈音を通じて全地球人に救いの手を伸ばされた証明である。
救いとは如何なるものか。個性を完成して動物性を脱却し,もって人としての永遠の生命を得ることである。無形の魂を見きわむることなく,是を育つることなく一生を半動物として未熟にて終わるとき,肉体死すれば其の人の魂は魂屑として棄てられる。捨てられては浮かぶ瀬はないのである。
然し在世中,慈音は教主から世人に彼の真の姿,三気一体化(心,魂,霊)して自在(天眼通,地眼通)を得た真の姿を見せることを禁じられていた。

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