覚者慈音448

          三世と四世論
              
未知日記第八巻
           第一の巻
           過去の巻        其の2
                  
            リョウジャ、セイキョウ貴尊講述


 先づ地球と太陽の関係が人間と同様の姿を有すと見なして考究を進むるとせんか、太陽滅して地球も滅するならば人間にも斯くあるべきに事実は然らずと思うならん。然れども我等に云はしむれば人間に於ても同様の関係ありとの理論を有す。其は他ならず。汝等は親と云うに対して誤解なし居るを我等は知るによってなり。もとより汝等を産みし父母は親なることは異論の余地なし。されど太陽の子は地球なりとの考へより地球の子は人間なりとの考へに迄移して思いをめぐらさば如何? 又事実は然あるなりと公言して我等は憚らざるなり。何となれば地球ありて汝等は生れ、地球あるに依って生存すればなり。汝等が肉体の父母は汝等と地球を結ぶ仲介者の役目を果したるにすぎざるなり。斯く語らば汝等は云うならん。地球とは我等が住居にして親にあらず。我等を産みたる肉体の父母こそ真の親なりと。汝等はかくも浅薄なる考へをなすによりて推理力は遅々として進まざるなり。さればこそ人間は人間本位の生活をなして他の動物を顧みずすべてを虐げ居るにてはあらざるか。地上には喰へどつきぬ食物あるにかかはらず人間は動物を屠りてその肉を喰うなどの振舞を何故なすか。甚だしきに至っては人間は人肉をすら喰うもの今も尚存在しあるにてはあらざるか。何と云う獰猛なる行為をなすものかなと悲しむなり。されど是等は過去の遺物にて是非もなき事なり。すべてのものには経路あり。人間にも他の動物と同様全身に毛髪時代のありしことは考古学者も推測し居るならん。毛髪脱落するに及んで衣服を纏うに進化したるなり。現今の人種は智能進化するに従いて体型は小さくなりたれど毛髪時代の人種は強大なりしを我等は聞きたり。象にまたがりて足は地につくと云う人間もありしなりと聞く。そは兎に角太陽と地球との関係にてすべては変化せらるるものにして決して人類のみにては如何ともなし難し。此理より考究を進めて工夫すれば人智の発達は速ならん。汝等が親なる地球は黙々として汝等を育成して向上の道を開拓なしつつあるに対して汝等は己自らの力にて生存しつつある如く、地球を征服したりなど愚説を称へ居るも笑止なり。汝等是にても親を忘れ居るにてはあらざるか。地球の親の汝等を育つるは即ち大慈大悲にして肉体の親は慈愛にすぎざるなり。もし汝等にして才能すぐれ地球の変化が如何なるかを判定することを得るならば今後の人類の進化する有様も予測するを得べき道理あるなり。すべての植物は地質を択ばずば発育せざる如く獣類なども交尾期は気候の変化によって交はるなり。此理より肉体と気候風土の関係は重大なる意義を有すことも知ることを得るならん。汝等が年々栽培なし居る果実にすら是を身心に適用すれば大なる発見をなすべき原理は含まれあるなり。よく考へ見るべし。果実は本年豊作なりしかば一年後或は二年後にあらざれば多量の収穫は得難し。是は肥料の欠乏によると知りて年々肥料をほどこしてその目的を達しなば汝等は土を克服したりとか自然を征服したりとか称して人智のすぐれたるを誇り居れり。されどかかる事によりて年々多額の収穫を得たりとも其によりて樹齢の短縮なし居る事には留意せざるならん。是は樹木なるにより又植えかへればよしとすまし居れどこれを人間として考うるならば如何あらん。役だつ間は肉体に肥料をほどこして育て不用となれば殺して土壌の肥料となすや。然らざるべし。人口栽培によりて育てたる樹木は如何に太くとも樹齢を重ねたる自然木には建築用材として耐久力の点に至ってははるかに劣るならん。是等の事柄より人間界と地球との関係を思い合はせ照らし合はせて考究し見るべし。然することによって大地大気の親の威徳親の恵み親の慈悲の広大無辺なることを認識することを得ん。兎に角汝等は人間本位の生活をなすにより大地大気に順歩せず。寒ければ是に堪ゆる修行をせず暖房装置をなし、暑ければ冷房装置にて一時をしのぎて永久の生命を短縮し其が文化の力にて自然を征服したりなど誇り居るは恰も人工によって栽培したる速成果実と同様にして、是は唯珍しきと云うのみにて季節の果実の如く風味はあらざるべし。人間に於ても亦同様の事を見るなり。肉体の健康者ならば精神も健全なりとの論旨を唱へて肉体に重点ををきて肥満せしめたるを作らんとして、却って無病弱者たらしむるを作り居れり。所謂柱にならぬうどの大木なるべし。






×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。