未知日記講話集   こだま会講演日記    第五十回   坂本通博 筆記

五月十二日   円海大師講義

内観法と外観法


人の心は外と内と同じでなければならぬ。
人と人と接する時は往々それがある。人間には自然から授かったものがある。
之を二つにわけるから一方は正道に一方は邪道におちいる。之を一体化して働かす事が自然に順ずるのである。
太陽系宇宙でも終始なき所(部分)あり。
形あるもの丈が終始あり。
人間はやはり無始終霊子により出来る故に之に帰れば人間は死せず、肉体が変化する丈。
無始終霊子の力によって育てられた魂は不滅。
心は無始終霊子から表はれた肥料だから、魂が出来て要がなくなれば心はなくなる。(形が変る。)心は肉体と魂の肥料。
魂は亡びない。之を一切平等悉皆成仏と仏教者が言った。
心と肉体、之は変化する。だから平等でない。然し各々に定められた天分、天職があり分野がある。これをはき違へて人間はすべて平等だと言ふ違う。
人間のたましひは男女幼老皆同じ。この魂を実らせて天分を全うする、之が天理にかなうのである。心を働かせて魂に養分を送らない。故に魂は種のままで双葉も出さず、成熟せずに終ってしまう。そうすると又二代三代とその種を蒔いて行かねばならぬ。或場合は種のまま分散してしまふ事あり。之は道をふみはずしたるなり。
此の世の学問は神の世界に通ぜず。

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