父祖の足跡 10

花月楼を訪ねて 2


 続いて女将は云ふ。
 「不思議ですね、お天道様はこんな樹木にさへも素晴らしい天然の美を与えられて居られる。ましてや、樹木と違って人間にはそれ以上の恩恵、尊きものが与えられているんじやありませんか。勿論、それは肉体的のものじゃなくて、精神的な美だと思いますが、例えば、お釈迦様、キリスト様云うに及ばず、古来からの聖者、賢者と云われたすべての人は皆、芳香を放つ素晴らしき大輪の花だったんじゃありませんか。あの人達の残した言葉は、何千年ものあいだ人々を教へ導き、これからも永劫、地球がある限りその人達の存在を忘れる事がない。いわばこれこそが地球が生んだ最高の美の結晶と云っていいんでしょうね。私も今からではもう遅いかもしれないけど、この桜に恥じないように頑張って、胸の中に小さな一輪の花を咲かす努力をしたいと思っているんですよ。貴方、笑っちゃいけませんよ。貴方にだって、磨けばその可能性があるんだから。ところで昔の組合長だった、〇〇さんとか、△△さんはお元気で居られますか。あれから随分とお目にかかって居りませんが。そうそうつい最近ǸさんとかFさんにもお目にかかりましたが、なにかしらご両人とも歩きにくそうにして居られました。思へば今から二十年前、皆さんがよくお出で下さった頃が、いわばこの花月楼の一番の花の時代だったんですね。今日は少しセンチメンタルな気分になって、昔のことを色々と思い出してしまいました。とんだお喋りをしてしまって、ごめんなさいね。それはそうと、どうか皆さんのいい御本が出来るといいですね。組合の皆さんにも、女将が宜しくと云っていたことをどうかお伝え下さい」。
私は写真を借りた礼を言ひ、「本が出来たら女将にも是非とも読んで頂きましょう」そして今日お訪ねしたことを、文章に纏めることを約してその場を辞去した。

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