覚者慈音103 未知日記講義第一二巻  大霊界 巻の弐  未来観 その2 教主寛大講義



未知日記講義第一二巻  大霊界    巻の弐                         NO62                                      未来観 その2                                                                  教主寛大 講述


 未来観に時間を与ふるが故に、恰も望遠鏡を逆に見ると同様の関係となれど、距離を有せざる未来なりとして望遠鏡をそのままに見るならば、未来はたちどころに汝の目前に来るならん。一時後に死するやも計られじと思ふ心も時間あるによってなり。その時間をとり去らば、一時間後も既に現在に変じ居るにてはあらざるかと云ふ心せば、未来は判明する筈なり。今日死するやも知れずと思ひしに、明日とならば既に生き終はりたるにてはあらざるか。時間空間を考へずば三世は消滅す。故に正しき未来観と云ふことは、時間空間距離を有せざる信仰に入らずば、真の未来観を究むること難し。真の未来観を知らんとならば、先づ時間空間距離をはなしてすべてを考察せよ。然らずば如何に努力なすとも、正しき未来観を認識すること難し。
 三世を有する諸子の世界に在りて、時間空間距離を離れよと云ふことは、いささか無理なる説なりと思ふならん。されど今日迄修養修行を重ねたる汝等諸子にして、この理を認識なし居るならば、不可能の事をなせよと教ゆるものにあらず。感じを変へてその道を択ばばなしてならずと云ふことなし。其れにはいささか忍苦を要す。是等は拝みによってすべてに堪え得らるる力を養成せば、信仰の力は決して空しからず。何日かは時節到来せんこと疑ひなし。諸子は正しからざる方向に向ひて一心不乱となるが故に、却って身心を労して効なき結果となり、果は神経衰弱症など云へる忌しき病にすら犯されて、世上よりは狂人なりとして顧みられざる底の人間に化せらるるなり。故に信仰は正しきを択びてその道をふむにあらざれば目的は達し難し。注意せざるべからず。セイキョウが慈音に教へし如く薄氷をふむが如き危き信仰をなす勿れ。然して正しき信仰なりと云ふ道に入りたらば、如何なる障碍ありとも迷はず屈せず、その度を拡大強化して何ものにも犯されざる底の意志を強固にして、ゆるぎなく一路邁進せよ。是正しき未来観を明らむる方法の一端なりと知るべし。

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