覚者慈音759  光明論上巻 巻の一  37番   伊東慈音


覚者慈音759
未知日記 第六巻 光明論      
上巻 光明論 巻の二     
                        
                  テッシン貴尊講述
                  2018.12.26
                  第37番


 斯る音斯る声を聞きたることありや。あの匂を嗅ぎたることありしや。汝等あの多くの光が右往左往するをよく眼を定めて見よ。汝等が地球はもとより他の世界へも上下し居るは何なるか。霊光に飽和せしものは即ち魂を持てるにて是を諸々の世界に運びあり。又諸々の世界より神の世界運び帰るあり。あのめまぐるしきみな神の下僕なり。寸時の暇もあること無く斯くして働き居る姿の美はしさこそ真の美とはあの光なるを知れ。汝等霊光の門に一歩を印して先づこの変りたるものを見たるなり。教主が今迄見ざりしものを見と仰せられしは是に依てはじまる。汝等の眼耳鼻口の今迄は実に不自由にして、又如何に不便なりしものかはここに至りて判明せしならん。
 汝等は今迄童話か伝説か神話か或は空想の小説かと思ひ居りし事柄を眼のあたり目撃してその真相に触れたれば始めて真の真たる事を完全に認識して把握するに至りたるならん。汝等は肉眼とか心眼とかの区別を今迄にしっかりとしたる証を得ざりしに今に至って、漸く事実の眼を開くに至りたるならん。されば今見る汝の眼は霊眼或は神眼とも云ひつべき眼となりたるなり。耳又然り。鼻口是又然り。此処に至って始めて霊光の力の尊きは知られたらん。汝の見つつある眼には未だくもりありて稍々もすれば見誤りあり。そは漸く霊光に生れし赤児の如くなればなり。是より修行を重ぬれば神の活眼となりゆきて誤視誤聞することあらざるなり。肉眼の外視眼心眼の内視眼とは異なり、霊眼は立体を看破するに依て誤視せざるなり。他の心の表裏すら明白に見透して狂ひなしと云ふ眼(まなこ)ならでは神眼とは云ひ難し。今汝等は此まなこを得るの恩恵に浴したり。
  



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