覚者慈音720  未知日記 第四巻  心霊雑話  伊東慈音

覚者慈音720
未知日記 第四巻      
霊の巻     
      生死と霊の関係  
      その4  真剣なる自問自答
     
                   ミキヨウ貴尊講述


 されど始めの間は回答にあやまる事多し。是は真剣味の足らざる事と心得て、益々怠らず努力せば必ず親は導き給ふべし。夢疑ふことなかれ。心を正しくして魂(こん)を養ひ、意を強くすれば魄は育つ。魂魄一如となれば、霊の智慧は是を明らかならしむるなり。魂に悪をすすめず、魄に真を考ふるに至らしむれば、ここに真の人となりたるなり。汝等は信仰して行ぜば、世界のすべては手に取る如く、未来の有様も判明し、人格にも威厳そなはり、汝等が思ふ神の如く神々しくなるものと誤認する勿れ。如何に道を修め真の修行成就したりとて、斯る事のあるべきにあらざる事を諒知せよ。
 さる処に風采醜き賢者と、風采たかき愚者とつれだちて人を訪問せしに、此家の主人風采たかきを正座になほして遇し、風采卑しきを顧みざりしに、たまたま友の来りて会す。その友は卑しき人の学徳高きを知り居たりしこととて不審を抱き、主人に対ひて云ふよう。
 「汝は此人を知らざるや」と。主人答へて
 「知らず」と。彼、言ふよう
 「現今世評に高き賢者なるに」と。聞きて始めてその不遇を詫びたり。然るに智者云へるよう、
 「詫びらるるは我誠に赤面の至りに堪えず。汝のあつかひは決して誤にあらずして真な  り。我の生れつきこそ真に卑しきこと我は知るなり。我と共に来りし人は貴きなり」  と、真を語りて、却って主人の詫びに恥ぢたりと云へるなり。
 汝等この例をよくよく翫味して修行すべし。己、低きが故に道を歩みて高きを求むるなり。行を修めたりとも汝は汝なり。彼にはあらざる事を覚るべし。行の達成によりて迷ひの世界を度脱することを得ば、すべては明るくなりて暗きことあるべからず。何事も掌中のものを見るに等しくなるは、行の徳なりと知るべし。


 


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