覚者慈音721  未知日記 第四巻  心霊雑話  伊東慈音

覚者慈音721
未知日記 第四巻      
霊の巻     
      生死と霊の関係  
      その5  肉体を離れし後の魂魄の苦しみとは
     
                   ミキヨウ貴尊講述


 魂魄整ひて始めて真の人たる人となり、神を知るなり。汝等未だ神あるを知らざるは真となり居らざるなり。汝等は神あると云へるを聞き居れども、深くたづね求めんとせず、なるにまかすのみにして、神とは如何なる所に、如何にせば我等に拝さるる事を得べきかをも考へしことなく、有耶無耶のうちに空しく光陰を過し居る事を我は知れり。然れば汝等魂魄を清むることに重点をおきて、汚れたる行為を速かに止めよ。汝等は神の恩恵の有難きを感ずるに至る迄は、神を知るは難し。喰はざれば如何に美味なりとも其味を知ることあたはじ。早く求め食すべし。
 朝夕には三度の食を得るも神の恵なり。然るに汝等食する事は忘れざるに感謝の心は忘れ居るにあらざるか。喰いて食の良否を口にもらせど、神の恵みに感謝の言葉は口より出でざるは神を知らざる故ならずや。近所隣家より恵まれし食には、口をきはめて感謝の言葉を送りながら、神には何の言葉の礼さへ欠く如きは恐懼(きょうく)にてはなきか。是初めより神を知らざるに基因するなり。若し神を知ることを得たらんには、斯る不遜の態度あることなかるべし。
 汝等肉体の艱苦堪え難しと悲鳴をあぐれど、肉体を離れし魂魄の苦が、直接受くる苦患の程度を知らざるが故に修養を怠るなり。肉体の苦患は魂魄が受くる影響に比しては微々たるものにて取るに足らざるに、汝等は其すら堪え難しと悲鳴す。されば肉体を離れし直接の苦みは薬石なきを考へて一日も油断せず修養を怠る勿れ。我くれぐれも声を大にして
注意しおくなり。

 魂魄が念ぜらるるによりて生ずる力の如何に大なるかを知り得たらんには、念力の持ち方に注意を要する事従って知るを得ん。魂魄は心意の使用法に依って練り鍛えらる。恰も砥石の如き関係なりと知りて可なるべし。心にのみ念を止むれば魂(こん)、光り、意にのみ念をおけば魄は光る。故に魂魄を共に研かしめざれば、両者等分に鋭利なる切味は得られじと悟れば可なり。
 迷へる魂魄は浮ぶと浮ばぬと、地下に潜るとありて一様ならず。甚だしきは永遠に天地間を往来するもあるなり。さりながら汝等が物語に聞き居るとは、其有様や、其趣きを異にするなり。悪鬼に追はれて逃げ惑ふとは、即ち動物のたけたる霊に追はれてさ迷ふなり。又地上に未練を残して昼夜同じ処をさ迷ふもあり。汝等幽霊は夜のみ迷ひ出ると聞き居るならんが然らず。昼も迷ひ居るなり。主として昼も夜も迷ひ居るは魄なり。宙にぶらつくは魂に多し。又空間を超えて深く眠り居るもあり。是等は千差万別にして一様ならず。或者は再び三度人界を求めて宿るもあれば、動物に宿るもある等、迷へば斯る醜き姿をさらすことを見ば、汝等戦慄を感ずるは疑ひの余地なかるべし。道は一筋なりと心得て、早く神の世界に上らんことを願ひて、此話を終らんとす。汝等よくよく工夫努力せよ。   
  未知日記  完

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