覚者慈音719  未知日記 第四巻  心霊雑話  伊東慈音

覚者慈音719
未知日記 第四巻      
霊の巻     
      生死と霊の関係  
      その4  真剣なる自問自答
     
                   ミキヨウ貴尊講述


 そもそも修行とは難行苦行をせよと云ふにはあらず。麦はふまれて根を張る如く、人間も忍苦に堪え得る力を養はざるべからず。聊かの苦に悲鳴をあげては修養の力至らざるなり。苦中の苦に勇んであたる修行こそすべきなり。溌剌たる苗を育て神田に移さるる喜悦を歓喜として、わずかの病苦に枯るる如き弱はき苗に育たざらん事を願ふべし。其には魂魄の苗に力を与えざるべからず。肉体は地上におき、引き上げらるるは魂魄なり。是を稲に例せば、猪苗代は肉体にして、早苗は即ち魂魄なり。猪苗代には又後に来るべき籾を待ち居ると同様なり。修行の法は他なし。唯神の法則に従ひて行動するは法なり。自ら勝手気儘に法則を作り、自己の都合よき行ひをなすべからず。神の法則は汝等の親なる霊はよく知れり。親の命ずるままに従いて行ふべし。たとえ心に合はざるも是に従ひて行動せば、あやまちある事なし。
 親はもし汝に臆せず進めと命じなば、何等躊躇せず、たとへ如何なる危険身に迫るとも、決して臆することなかれ。又退けとの命ならば心に染まぬ事ありとも、潔く退くは道なり。親に反かざるは孝なり。又忠なり。神に忠、親に孝ならば何とて悪しき実結ぶことあらんや。いつぞや語りたる孝子の言葉の如く、親より尊きはなし。他を求むるに及ばじ。一心に親を求めよ。貴尊に於れても親を忘るる勿れと申されたり。是即ち法の極意なるべきなり。汝等は一度失敗すれば、是を捨つる事多し。親の命をうけて是を行ひしに、そは誤となる時、疑ひを起し捨つる悪し。親の言に過誤なきを信じなば、たとひ其時の結果に支障を来すとも、何か深き事の思し召しありと信ずべし。
 汝等稲葉の白兎の神話を知るならん。赤裸にされたる兎に対して、兄達の神々達が塩水にて洗へと教へられしは決して悪戯心ににてはあらず。後には弟の神の来るを知らるる故に、塩水にて洗ひおかば清水にて洗ふことを教ゆるを慮ってなり。塩分にて傷を洗ひ後に清水を用ゆれば、負傷の治癒は速なるを教へたるなり。汝等が親の命のあやまりと感ぜらるるも兎の例の如くにて、後に好結果の現はるるを知りて、軽率に疑ひを生ぜしめざるよう努力すべし。
 例へば一つの事件を親にたづねし時、親は斯く斯くなりとの答へを信ぜしに、是が全く虚偽なりしかば是は親の言葉にあらずして我心に勝手なる思ひなせしならんと思ひて、其後自己問答を行はざるようになるものなり。是は誤なり。自己問答には心と心が勝手気儘の語らひあるは事実なり。恰も幼児が一人飯事遊びして自己語らひをなすに等しきなり。さりながらこの幼児時代に於てすら、既に自己の親を求むる組織を有する事に留意せざるべからず。心と心の談合にすぎざるは、真剣味の乏しき故なり。幼児の飯事遊びにては何等得る処なきは必然なり。汝等親を軽視する事を止めよ。親に向かひては神に対ふごとく、粛然として襟を正す態度にて真剣なる心構へなかるべからかず。友人と冗談を語る如き態度にては不遜なり。故に返答は心と心の物語に終ると心得べし。

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