覚者慈音611 来世の希望は如何  五 信仰によって光明に浴せよ 

                    三世と四世論
           未知日記第八巻
           第四の巻
           来世の巻                                                      其の161
    第五     来世の希望は如何
     五     信仰によって光明に浴せよ                                              其2                        リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 汝等疑いに疑いを重ねて不安より不安の道を歩まんよりは寧ろ信より信を重ねて安より安へ足を運ばば如何! 責は我等の負うところ。汝等の罪に帰することはなさざるべし。斯く確信なすものなり。


 明暗ある汝等の世界に悶々すとも正しき光明は得られじ。汝等は朝起きて夜眠る。是明暗あるによってなり。昼夜の区別なき我等にありては決して眠るものにあらず。汝等が世界に云う四六時中まなこを汝等が上に注ぎある以上、眠り居る汝等の姿にすら決してまなこをはなさざるなり。我等は神の命に従いて汝等を導く使命を有す。もし我等にして此使命を怠らば神の命に反す。我等はかかるあやまちを犯さば神は我等を許し給はじ。我等今日迄種々様々の説を語りて汝等を一歩一歩導き来りてここに始めてかく語るは汝等をして真の信仰を得せしめんがためなり。 (自在論より光明論迄の我等が説と、此書の言葉とを照しあわせて考へ見よ)
 汝等は迷い多き世界に昨日迄生活をなし居たるによって、我等はその迷いを除々にぬぐいさりて今日に至らしめたり。されば昨日迄は過去現在未来の三世なりしも今日は来世に即ち(下界より上界に)無言詞界に一歩を印したるによって、かくは確定語を用いて汝等を此世界に案内せんとなすものなれば先ずこの世界の有様をあらかじめ知りおくの要あらん。
 明暗なき真の光明に浴せば悪魔外道のひそむべき所は寸土もあらざるなり。故に汝等は何ものにも犯さるる心配は既にたえたり。迷いを生ずるは暗を伴う故にこそ生ずれ。一目瞭然たる明中にありて何等不安なければ信ずるの要もなく、又疑うの要もあらざるべし。是即ち無言詞信仰に依て無言詞の光明に浴したる結果なるによってなり。語り居ればはてしなし。されば此書を此あたりにて閉ずる事とせん。折りあらば又天界の事柄を詳細述ぶる事もあらん。されど汝等が脳裏に浮び来る時期もあらん。次ぎにはインショウ、ミキョウが講義する因果論の中にも亦天界の事柄が説かるることと承知するによって汝等たのしみて彼が説を聴くべし。


 (自昭和二二年五月二五日 至昭和二三年七月三〇日)


 三世と四世論を転記を始めたのは九月八日の覚者慈音447回目が最初。今日は十一月十二日覚者慈音611回です。ざっと二ヶ月を要しました。総ペ-ジ数は234ページ
僕はこの三世と四世論はこれで丁度十回目の読破になりますが、恥ずかしい話理解度は全然進んでおりません。でも僕の使命は一人でも多くの人が此の書に触れる縁をつくることと考えています。明日からは未知日記の第一巻から始めます。期待していてください。
尚、この三世と四世論何故か一番最初に印刷され世にでました。初版発行は昭和二十八年十月二十日になっています。僕の先輩方は此の書を完全な印刷物ではなく衛藤慈声さん直筆によるガリ版をお読みになって居られました。殆どの方は既に逝去され、松尾さんだけがいまは唯一生き残られておられます。他には誰もいない。

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