覚者慈音588

               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第四の巻
           来世の巻                                    其の139
    第三     無言詞界について
     四     肉体をはなれて霊界へ                                其1                 
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 汝等来世とは肉体滅後を想像なすはあやまちなり。汝等の世界はすべて肉体本位にして霊体本位にはあらざるが故に我等の説に対しても誤解誤認すること多し。既に九流界以上の人類は肉体を唯機械として取り扱い霊体に重点を於ける人類なるが故に汝等の世界とは表裏の関係あるなり。肉体本位と霊体本位とには斯くの如き相違あるに依って汝等の世界は進歩せざるなり。我等が語る来世とは今日迄肉体本位の人がめざめて霊体本位に立ちかへりたる悟りを得るを、即ち来世と教へ居るなり。
 汝等熟睡なし居て己が如何なる場所にて如何なる事をなし居るやを知るか。又此世に生を受けたる以前は何なりしかすら知る事を得ざるならん。然のみならず夢を結ぶ間すら汝は肉体を忘却なし居るならん。めざめてはじめて肉体に帰るならずや。この事柄は些細なる事の如く感ぜらるれど今一段思慮を深くし見よ。熟睡なし居るは既に魂魄は肉体に囚はれあらず。夢見るは即ち心意なるべし。然りとせば肉体は熟睡の間、所謂屍と同様の姿ならん。夢見るはめざむる前の分秒にすぎざるべし。夢見る時は魂魄は心意に通じて肉体との結合をはかり居る瞬間にすぎざるなり。熟睡するは左にあらず。死せざる肉体なれば機械的にはたらき居れど魂魄の用なければその魂魄は霊に通じ居るか、或は肉体に通じて魂魄も共に熟睡なし得るかを工夫し見よ。然る時は更に逆上って生れざる以前の境涯も従って如何なりしかと云う事も感ずるに至らん。是に対して参考となるべき例話を語らん。
 或る剣客師を択びて入門なしたる時、師は其剣客に対して常に油断なす勿れ。敵は人にあらず、即ち油断なりと教へたれば彼常に油断なさざるよう心がけ居たれど、師は彼が油断を見すましては打ち、夜疲れて熟睡なし居る時枕辺に忍び来りて彼を打つ。されば彼の剣客は夜すら眠るあたはず。ここに至って彼思へらく師と雖も熟睡なし居らば打つ事を得んと思いて師の熟睡をはかりて彼を打ちしに、師は此剣をさけて打つことあたはず。然して師は尚も熟睡を続け居たるに、彼師に向いて其理を問へば師曰く、「汝の剣は魂のこもらざるが故に打たるるなり」と。ここに至って彼は工夫に工夫を重ねたる結果、如何に熟睡なし居るとも決して打たるる事なきに至りたりと云う話なり。
 


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