覚者慈音587

              三世と四世論
           未知日記第八巻
           第四の巻
           来世の巻                                    其の138
    第三     無言詞界について
     三     生のはたらきと生の力                        其2                 
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 無言詞界とは是を人体に於て考うれば即ち霊界は是無言詞界なるべし。無言詞の力は霊より魂魄に移されて更に魂魄は是を受け入れて有言詞となし更に心意に通じてその有言詞をはたらかせて行動なすと考へなば可なり。然らば無言詞界とは即ち霊なりとの結論に達せん。霊は生より生への接続にして生死を伴わず、故に永久不変なり。魂魄は先にも述べたる如く陽陰の関係なるが故に二分さるれば一方は陽に、一方は陰にとはたらく故に是を完全に結合なしおかずば生死のわざわいはまぬがれざる結果とならん。魂魄不滅と教へたれど、もし是が結合完全ならざる時は一方に偏るに依って或は苦の世界或は楽の世界へ移さるる故に永久無言詞界にて止まる事を得ずして更に他の方面に入りて一方は死滅し一方は生を得れど、その魂はその魄は後に偏りたる不安定のところにて軈ては消滅して他のものに生れかわるの余儀なきに至る。斯くなりてはその魂その魄は不滅にあらずして所謂滅したる姿となるなり。いささか言葉の不徹底なるによって汝等には諒解しがたからん。されどよく読みよく味はいて考へ工夫することを勧むるなり。然して魂魄一体化すとも霊に結合せざれば是又生死を伴う生となる。されば魂魄を霊に帰せしむるにあらざれば到底無言詞の本源にかえる事至難なりとの理をさとり明らめて早く肉体を離れて度脱せん事を工夫なさざるべからず。是を明らめんとなすには肉体を有する間に修養修行を重ねて生のはたらき生の力を増大なしおかずば望みは達し難し。生のはたらき生の力是即ち無言詞より有言詞更に有言詞より無言詞にかえる機能なりと悟る説き、ここに生とははたらきと力を誘発する無言詞の機能なりとの説明に盡るならん。
 例へば一本の草木に於ても種子より出でて実を結ぶ迄生の機能を有するとせば是には霊魂魄のそなはりなしと思うも、もし汝等が草木と変じて成長する時、もし草木に心あらば彼には口なくして語る力はあらずとも成長する力を有する以上何かそこに無言詞の法則に合い居る天分を有するとは考へざるか。禅門の教への中に「大空に声あり、汝、此声を聞く事を得るや」との問題あることを汝等も訊きし事あらん。大空にしてもし言葉を知るならば否言葉を発するならば汝等によびかけて語る事もあらん。大空即ち無言詞界ならずや。大空の力を得て汝等は日々智慧を授かり居るにてはあらざるか。昨日迄思はざりし事も今日はさとり知る事を得るも即ち大空の力なり。大空は生の永続なるが故に無言詞より有言詞を現はす。此大空に同化したる霊なるが故に霊は大空の声を聞きて是を魂魄に伝へて有言詞を現はすに至り更に魂魄は心意に伝へて、肉体の機械なる脳をはたらかせて是に依って表面化し人より人へ伝へる為に世の中は善にも化し悪にも化して或は進み或は退く結果をもたらすなり。

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