覚者慈音564

        三世と四世論
           未知日記第八巻
           第四の巻
           来世の巻        其の116
        
        来世と天界の区別について              一        来世の意義        其の2                        
     
                                 リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 今日ありて明日あるは時間空間より生ずる現象にして時間空間の要なければ今日明日の区別も亦あらざるなり。故に肉体の有無は論ずるの要なかるべし。唯大悟すれば来世は今なり。決して明日にはあらざるべし。例へば此地より彼地に旅立んとすれば汽車汽船の便をからざるべからず。されどももし電波にて旅することを得るならば忽ちこの地より彼の地に至るには瞬時にて事足らん。時間空間ある汝等の世界に於てすらかくの如き道理あるなり。まして時間空間なき宇宙の様に於いておや。この理より推知せば来世の意義も従って明らかとならん。時間空間なければ来世は遠からず。汝等は時間空間を考うるが故に来世は遠しと思うならんもかかる理論より推考せばすでに今は来世となりたるなり。又汝等が世界を天界として考うるならば現在はすべて天界となるならん。此理も亦認識することを得ん。
 此説に対して汝等は理屈めきたる言葉と思いあやまる勿れ。是決して理屈にはあらざるなり。汝等はすべて肉体本位より考うるが故に道理を曲解して認識をあやまる事多し。時間空間を有するが故に三世四世の区別を有するなり。すべては言葉によって修養もなし修行もなせど言葉は余りに複雑なるによって物の理をきはむることも得、又是を曲解して迷うこともすべては言葉の不充分より生ずるなり。過去と云い現在と云い、或は未来来世と区分しあれど時間空間なかりせばその言葉は成立せざるべし。されど言葉なくしてはこの区を明らむること難からん。汝等の世界は不完全なるが故にかく迷いの事のみ多くして一定のさとりを得ること至難となるなり。ものに順序あるもこれ又汝等の世界に多し。過去現在未来来世これ順序にして其は時間空間より推定する言葉なれどもし其が天界とならばこの順序は消滅するなり。我、今は来世なりと説きたれど汝等にはこの言葉に対して心底より然あるかと明らむるを得ざるならん。時間あるが故に瞬時も同じ位置を定むることあたはざるなり。汝の座せるところは唯肉体のみにして其も形のみなり。肉体も精神も瞬時も同じままにあらず。刻一刻と移り変りあるは論議の余地もなかるべし。故に来世は今なりと説きたるなり。斯る事ならば来世は如何にと追慕して究むるの要なしと汝等は考うるならば其は誤解にして来世あるが故にこそ歩みは運ばるるなり。もし来世なくんば行きづまりを生じて止るの他なかるべし。故に我、これにより汝等に此理を明らかに認識せしめんがために先づ汝等が思う来世より説明することとせん。 

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