覚者慈音553

         三世と四世論
           未知日記第八巻
           第三の巻
           未来の巻        其の105
  第十一      確定信仰と不確定信仰    其の5                                                                    リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 不確定信仰を確定信仰に進むるには二種の道あり。一つは理論より理論を明らかにして導くと今一つは事実上ひきあげてその処に達せしむるとの方法なり。されど理論より理論を説明して導かば却って迷いを多くして近き道も遠くなるなり。されど事実より事実に移して導かば却って望みは早く達するを得るならん。理論にのみ囚はれて空しくすぐさんよりは早く実際を知るに如かず。所謂百聞一見に不如のたとえなりと思うなり。汝等理論を聞きて判断し理屈にのみ囚はれ居らば事実にうつすことをなさざるべし。依て今後我等は汝等に理論を多く語らず唯我等が従来体験したる事実を基として汝等に語らんとす。然らずば不確定信仰を確定信仰に迄進る事は難しと考うる故に是を諒として道につくべし。敢て理屈にて我等が説を考うる事なく信じて道を歩むべし。
 斯く語らば汝等は我等が言葉も信ずるあたはじと云うならば其は我等を疑うにて信をおかざるが故なるべし。もし我等が言葉に否、我等が説を聞きて信ずる力を汝等が脳裏にかたくなし得る力あらば是即ち一つの信仰の道は開らかれたるなり。所謂我等が言葉も無形なり。無形の言葉を汝等が信ずる力を養うもこれ一歩の道を歩みたるに等し。言葉ありてその是非を判断するは汝等が心なり。その心より更に奥深き処に潜在しある魂魄にうつしその魂魄が霊によって育てらるれば即ち真の信仰を得る一つの法は得られたるなり。宜しくよく考慮せよ。
 今我等が語る処の信仰とは汝等が潜在意識をよび出さんがための方便にして聊か汝等にはむづかしく考うるならんも汝等が魂魄は必ずやこれを認識把握する力を有する事を我等はよく知るが故なり。汝等唯心にて此説を聞くならば五里霧中にて更に何を語りしかを知るを得ざるならん。されど是を魂魄にうつして読む時は霊が魂魄に和して是を汝等に認識することを得せしめん。



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