覚者慈音471

           三世と四世論
           未知日記第八巻
           第一の巻
           過去の巻        其の25
    第二一    人間性と動物性を区別せよ              
             リョウジャ、セイキョウ貴尊講述


 ここに一人の雲水の僧ありしが彼は樹下石上を宿とし禅定三昧の行をつみ、或は名僧智識を訪れては教へを受くれど悟するあたはず。或冬の日山を越えんとしてわけ登りしに雪深くして進むあたはず、彼は飢餓と寒気になやまされつつ尚も歩みを続くるうち足をすべらせて顛落したるに折り悪しくこの処は熊の住み居る穴の前なりき。物音に驚きし大熊は穴より顔を出したれば雲水の僧驚きしが軈て彼は心に思うよう、我生きて甲斐なし、餓えたる熊に此肉をあたへんと衣を脱ぎて裸体となり、熊よ、我肉を喰らいて腹を充たせよと、穴に身を投じて眼を閉じ彼が牙を待ちたるに暫くして我口に熊の足覆いかかりて息苦しさに口を開きて彼が足をなめたるに甘きこと密の如し。軈て熊は足をひきて己が体にて僧の身体を暖めたれば、僧も熊の意中を知りて其夜を熊に宿をかり端座してここにはじめて悟するを得たりと云う小説あり。然して其僧の残せしと云へる文は其作者が筆をこらしたればむづかしき文字を羅列して読むにも困難なる程なれば、我是を簡訳して汝等に伝うべし。文に曰く、「生を得んと欲するも生は得がたく、死を求めんとして死するを得ず。是即ち我にして我にあらざればなり。然らば我等何をか求め、何をか願はん。求めんと欲し、願はんとなす。是又迷ひなるべし。すべては天なり、命なり。されば天に従い命を奉ずるは即ち道なり」と。大要彼の文に見るが如く、生きたしと願うとも死にたしと願うとも寿命は如何ともなし難し。然りとせば何れを願うも其は労して効なき結果となり空しき月日を空費するにすぎざるならん。我身にてありながら欲するがままの事をなし得ずば我物に似て我物にあらざるなり。然りとせば我物と考へるは迷ひなるべし。汝等この平凡に似たることを正しく悟らずば雲水の僧の如く名僧智識より教へらるるも悟することは難かるべし。雲水は我身なるが故に捨てんとなしたれど熊は喰はず却って生を得せしめたり。所謂従来の彼は生を求むるにあらずして死のかげを追ひかけつつありしなり。然るに死に依って生をたづねあてたるにより悟するを得たり。汝等と雖も実際に遭遇せば必ずや悟り得るならん。人は唯教へを聞きたるのみにては悟することは至難なり。雲水の僧も汝等と同様なりしならん。然るに事実に直面してはじめて悟りを得たるなり。故に信ずる力を養はずば悟りは得られじ。
 すべての聖者は事実を体験してはじめて其真相を発表したるなれば是を信じて行ぜば何時かは希望は果さるるなり。故に信仰を強くせよ。汝等は自己を捨ててと云へる言葉を口にすれど決して真実献身をなし居るにあらず。己を犠牲にするとは言葉のみなり。如何に思案し如何に工夫すとも自己本位自己中心は棄つることは難し。故に雲水の僧は名僧智識の教へも自己本位より工夫なし居りしため大悟するを得ざりしなり。さればこそ彼は文の末語に於て「我は従来高徳者の教訓にも悟するを得ず。今、我外道の恵をうけて悟するを得たり。我は人間にして畜類に及ばざりしか。嗚呼」と嘆きの声をもらし居れり。是に依って見るも慈悲と情の力は如何に大なるはたらきをなすかは推して知らるるならん。即ち雲水は身命共に熊にあたへんとなしたるは慈悲なり。此大なる慈悲は畜類の心に感じて彼は危害を加へざりしばかりか己が食をさきて僧にあたへ尚も肌を以て寒気を避けしめていたはりしその情は僧を大悟せしむる功徳となれり。是を汝等単なる小説として聞きのがすこと勿れ。雲水は云う、「我にして我にあらず」と悟りたるが故にこそ我は残りたり。即ち小我をすてたればこそ大我は得られたり。汝等小我と大我の区別を誤認なし居る事も我等は知る。汝等小我とは物欲とのみ考へ考へ居らばあやまりなり。即ち汝等が考へ居る一切悉くはすべて小我なりと思へば可ならん。故に全部を棄てよ。何となれば汝より出づるは汝にしてすべては自己中心なればなり。是は聊か意味深長にして理解しあたはざるならん。されど急がずあせらず静かに聞きてよくよく考へ見るべし。汝等すべてをすてて仕舞へば人間は何をなすかと思い又空虚となるにてはあらざるかと心配するならん。されどその空こそは最も尊し。その空になさんがために我等は口をきはめて語り居るなり。彼の雲水の僧が身心を放棄しつくしたればこそ真の人間となりたるなり。さとりとは生死を明らむるのみが悟りにあらず。真の人間の姿を知るを以てさとりと云うなり。されば今日汝等が彼是論じ居るすべての事柄は皆動物性にして人間性にあらずと云うとも決して過言にはあらざるなり。或僧の短歌に、「人多き人の中にも人ぞなし、人となれ人人となせ人」とあり真に然り、然あるなり。




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