未知日記霊話集千六百二十三回  帰途案内記 NO42  暗澹たる方向にのみ眼(まなこ)を向くるが故に、安からぬ日々を過ごし居るにてはあらざるか。是何に基因するかを考慮し見よ。即ち肉体信仰にのみ囚はれ居るによって斯る迷ひを持続し居るなり。汝等の信仰は肉体信仰に重点を置きある事を未だ悟らざる故なり  セイキョウ貴尊講義

未知日記 第十巻  帰途案内記       
巻の一
大序の巻 
NO 42
セイキョウ貴尊講義

                    
 我等口をきはめて汝等に信仰の度をたかめよと語り居るに不拘、汝等は其にすら今尚如何にせば信仰の度はたかめらるるかに迷ひ居ることを我等は知る。其は何故ぞ。信仰の度をたかむるには何か特殊の方法のありやの如く考ゆるが故に、日々を迷ひにてすごし居るなり。信仰と云へば汝等は神と己とを結ぶ特殊の用語の如く考へて、信仰とは神にのみ用ゆる言葉の如く範囲を狭くして考へ居るが故に、其処に何か神と我との間を接触する一つの方法のあるかの如く考へて、兎やせん斯くやせんと迷ふが故に行ずる事あたはざるなり。汝等はよく一寸先は暗の夜と云ふ言葉を口にし居るは何故ぞ。即ち其は前途が明らかならず。恰も杖を失ひし盲者の如くさまよひ居るならん。所謂前途に光明ありて目標定まらば迷ふことはあらざるべし。然るにその前途の光明を求むるあたはず。暗澹たる方向にのみ眼(まなこ)を向くるが故に、安からぬ日々を過ごし居るにてはあらざるか。是何に基因するかを考慮し見よ。即ち肉体信仰にのみ囚はれ居るによって斯る迷ひを持続し居るなり。汝等の信仰は肉体信仰に重点を置きある事を未だ悟らざる故なり。
斯く語らば我等決して肉体信仰に囚はれ居るにあらず。又肉体信仰を旨ともなし居らず。唯一すじに神を慕ひ居るなりと云ふならん。汝等は信仰と云ふ言葉を未だ解し居らざるなり。汝等は若かりし頃は否肉体健全なりし頃は、肉体にのみ信仰を置きて生活なし居たることに気附かざるや。肉体の精力旺盛なりし時代は、すべてを肉体にまかせ、何事をなすにも頓着なく不安なく又死するとか生きるとかの問題をすら考慮せしことはあらざるべし。然るに肉体に故障生じて一旦病苦になやまさるれば、その時に至ってはじめて不安を感じ医者よ薬よとさわぎたつるにてはあらざりしか。病益々重くなるに従ひて死にはせぬかとの不安も亦生じ来るにてはあらざりしか。病治癒してもとの健全にたち返へれば、既に其不安は清除され、又肉体に信頼してすべてを忘却なし居りしにてはあらざりしか。肉体備はりて生活上の道危ふければ、ここに又肉体を養ふ糧を求むるに汲々として其が為に又不安の日を過ごすにてはあらざりしか。斯る事柄のすべてを肉体信仰と云ふなり。此肉体信仰に重点をおきてすべてを肉体本位にまかせ居るが故に、神仏さへ考ゆる暇なきにあらざりしか。

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