覚者慈音389

未知日記 第十巻  帰途案内記
最終の巻



                      その44
二流界、仮称霊空界の人類について                          
                  セイキヨウ貴尊 講述


 両岸におかれある男女はその任務終らば更に他の方向に向ひ、又新しき男女はここに集り来りて交替す。ここに生れたる小児は一旦は上陸して、他の処にて壮年期迄種々様々の業務をはたして、又更に此岸に来りて夫婦のつとめに服す。実に面白き世界なりとは思はざるや。故に老年期ともならば次第次第に此海を遠ざかりて、末端の方向に居を定め居るなり。故に如何なる悪魔も是を犯すことあたはず。何となれば周囲は老者によって囲まれ居るが故なり。この空海こそ至極安全なる場所にて、ここに育つ間は一流界のものと雖も、是には一指を添へるものあらざるなり。
 この空海に育ち居る間は、裸体にして衣服は纏ひ居らざるなり。長ずるに及んで男岸女岸に移されて、はじめて衣服を纏はしめらるるなり。ここに面白きことは空海をはなれて衣服を纏はさるる時、その服装が天分に応じたる装ひの服を授けらるるが故に、服装を見ればぞれぞれの職分を知ることを得るなり。すべては服装に依って、其人々の天職が定められあるに依てなり。是を世人の世界にて云ふならば、学者は学者の服、芸術家は芸術家の服と云ふが如く、皆其々己の使命は服装によって定められあるによって、一見して是を知ることを得。のみならず一旦纏ひたる衣は、終生是を他の衣に変へることあらざるが故なり。己の天職を厭ひて、他の職につかんとするが如きことは、許されざるが故なり。されば岸に上がりて衣を受けたるもの、皆其々の職分に従ひてつとめの修行につく。斯くして次第次第にその業の進むに従ひて、衣は改められつつ同じ道を終生持続なして、軈て天分終らば、この界を退きて更に他界に移され行くなり。又空海に宿されずして、他界よりこの界に直接来たる人種もあるなり。是等の人は此界に入りて空海には入らず、直ちにその職の衣を纏はされて任務に服するなり。
 テッシン貴尊は二流界に生を受けたりと仰せられしは此界にあらず。二流界のうち下部に属する所に生れたる人なり。貴尊の生れたる界は空海はあらざれども、男女両性の気をうけて出現したる人なり。故に貴尊の生れたる界には空海はあらざれども、男女混合にてつくり居る世界なるが故に、貴尊の語られたる民謡などありて、其は世人は知りたるならん。「わたしゃ水性」の里謡を語られたることに気附きたるならん。此歌詞の妙味は到底世人の知識にては計り知ること難かるべし。此歌に関しては更に貴尊が語らるることもあらん。其は兎に角此界は少年階中年階老年階の区別あれど、其は肉体の老年にあらず。修養修行の徳によって進みたるを云ふにて、肉体の老者の区別は判明せざるなり。世人の世界の如く白髪の老人などと云ふが如き肉体の老者は、一人としてあらざるなり。世人の世界の如く酒に酔ひて、たはむれ遊ぶ如き振舞をなすものあらざるによって、肉体は如何に年月を経るとも老ゆることはあらざるなり。されど智徳は向上発達するが故に、その偉大なる現はれが壮者に比して、比較にならぬ程高くせられ居るによって、是を老者と云ふなり。 

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