覚者慈音378

未知日記 第十巻  帰途案内記


                      その34
 四流界の人類の生活について
 更に、三流界の人類の生活について                          
                  セイキヨウ貴尊 講述


 例へばここに一本の川を作ると仮定して説明するならば、魂界(五流界)の人は此川を掘りてこの処に至らしむれば、水は完全に通過して尽きざるべしとの思ひにて川を作るに引きかへ、魄界(四流界)の人は此水の清濁を考へ或は水量の増減を計りて、然して後是を作る。其が魂魄界(三流界)の人ともならばその川の増減変化或は周囲の関係を充分に考察して、その川によって他に被害を及ぼし或は人畜に被害を起さしめざるやぅ、考慮に考慮を重ねたる後にあらざれば、川を作らざるとの相違あるなり。是は唯例にすぎず。仮の話にて世人に悟らしむる方便の話なりと知るべし。些細なる事にもかくも相違あることと知らば可ならん。
 世人の世界に於て飛行機を用い居れど、其飛行機が空路に於て故障を生じなば、忽ち墜落して人命を傷くるならん。魂界ともならば既にかかるものの必要もあらざるなり。空路を走る飛行機は心身界(九流界)の飛行機は空中に於て故障を生じたる場合、その処に於て翼を休め完全に修理をなして飛ぶことを得る設備は、既に整ひ居るなり。是は引力圧力を平均せしめて飛行なすが故に、たとえ空中に於て如何なる故障を生ずるとも、墜落などの過失を生ぜしめざる迄進歩発達なし居るなり。されど心界.意界(八.七流界)の人ともならばかかる不便なるものは用い居らざるなり。まして魂界.魄界(五.四流界)に至っては論ずるの要もあらざるなり。斯る事は世人に語るの要もなく又語りたりとて何等の価値もあらざれば是は語るを避くべし。魂界の人は魄界に到らんとせば忽ち至ることを得れど、肉体を運ばせる必要もなく居ながらにして用を便ずることを得るによって、交通の機械などの便をからずとも、すべては整ふことを得る具備がなされ居るによつてなりと知らば可ならん。
 すべて世人の考へは中途迄の事柄を計るによって、過誤多く引き起す結果となるなり。現今世人の世界の学者達が語るを聞けば「人類の魂などは肉体あるが故にはたらきをなし居れど、肉体なくんば忽ち消滅す」との学理を盛んに説き居れり。「肉体が構成せられてその肉体の為に備はれるものは魂にて、魂は肉体なくしては働きをなすものにあらず。又肉体ありての魂なれば、肉体と共に亡ぶるは当然なり」との論説を盛んに説き居れり。然して彼等に云はしむれば「肉体に宿る魂が種々様々のはたらきをなすによって、その魂のはたらかせかたの便宜上、宗教の必要もあり、又その必要のために神と云ふものを作り出して、其神の力をかりて人類の融和を計らんとなすにすぎず。されば神などあるべき道理なく謂はば人類融和の方便に神を作りて恐怖を起さしめ、その恐怖の力より融和の道を計らんとなしたるは、宗教にして人類が融和して世を過すならば、神とか宗教とかの必要はあらざるなりと語り居るを我等は耳にす。
 斯る学者の智慧にては世の中の進歩発達望まれざるべし。所謂学者の説は中途考へにすぎざるが故なり。斯る説を称ふる人類に対して魂界魄界の事なぞ語るとも、彼等は冷笑して耳を籍すものあらざるべし。彼等に云はしむれば「人は永久人なり。恰も米は永久米と同様にして、幾回繰り返すとも変化なすものあらず」と云ふならん。我等に云はしむれば斯る愚論はとるに足らず。故に世人の世界にては永久米として用ふるの他、何等進化せしむる方法を考究するものあらざるなり。米も進化せしむれば果なく進化せしむることを得るなり。ましてや人類の進化にに於てをや。世人の世界の現今の姿にては、永久不変の人類が持続するの他なくして進歩発達は望まれざるべし。されど人類向上のために努力するならば我等が語る、九流界以上の世界を現出せしむることは難きにあらず。依て我等は世人の考へは中途考へにて、其以上の智慧を有せずと語り居るなり。
 

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