覚者慈音379

未知日記 第十巻  帰途案内記


未知日記 第十巻  帰途案内記


                      その35
 四流界の人類の生活について
 更に、三流界の人類の生活について                          
                  セイキヨウ貴尊 講述


 汝等の肉体は地球の引力或は圧力によって生存なし居るが故に、肉体の自由はさまたげられて機械なくしては飛行するあたはず。されど学理より考へて人類改造の学理を研究しては如何と勧むるものなり。仙人が通力を得て雲をよびて空を飛行す聞かば、世人はお伽噺の其如く考へて、是には智慧をはたらかすもの一人としてあらざるべし。肉体の改造を計る学理を研究する資料として、是に着目するものあるならば、或はここに新しき学理は発見せらるる道理あらん。仙人の飛行はたとひ虚説なりとも、人身の進化論より工夫せば、何か其処に新しき発見は得る手引きとなるにてはあらざるかと、我等は思ふが世人にはその程度迄、智慧をはたらかす学者は少なかるべし。
 宇宙全宇宙の組織には世人の智慧の及ぶ限りの事柄が、なしてならずと云ふ事がひとつとしてあらざるなり。のみならず世人の智慧を是以上なしと究め尽して尚、其以上の空想を描くとも到底全宇宙の組織を、完全に認識することは難かるべし。何となれば世人の智慧をはたらかするものは、全宇宙の具備あるによって智慧は働く。故に智慧は全宇宙の根源に迄到達せざれば、その真相を確かむることは難き故なり。所謂無始終霊子の正体迄究め尽すにあらざれば、智慧の頂点とはならざる故なり。空想をのばし空想を如何に高むるとも可なり。空想なくんば智慧は拡大強化せらるるものにあらず。例へば我今此処に存す。然して一秒間に億兆里をかける術あらばと空想すると仮定して、其が事実に於てなし得らるるやと云ふに、我に云はしむれば然りと答ふ。そは無始終霊子の備へあるによって、なせばなし得る備りが完全なるによってなり。世人の空想はかくの如くなる程度迄より、はたらかざるが故に、空想は微々たるものに他ならず。即ち智慧の程度の低き故なり。もし座し居ながら億兆里を秒時に行くと聞かされなば、世人は其を愚者の智慧として一笑に附するならん。かかる考へなるが故に、智慧は向上せざるなり。現今世人の世界に於てすら秒速地球を七廻転半もめぐる電波の応用によって、汝の声が地球を七廻転半通達なし居るにてはあらざるか。かかる事を原始時代の人間に語るとも理解することは難かるべし。されど現今事実に於てなし得られ居るにてはあらざるかに思ひをはする時、坐して居ながら億兆里かけ行くことの不可能ならざる事の理も察せらるるならん。汝の声は秒速七廻転半地球を廻るとするならば、是を映写して廻転せしむれば、汝の姿が座して居ながら秒速七廻転半飛行したると同様の事もなし得らるるにてはあらざるか。其は汝等の現今の状態なり。されど魂界魄界に至っては事実に肉体をはこばせ居るなり。電波に乗って廻るにはあらずと知るべし。智慧の程度は世人の世界と魂界との相違は微々たるたる事に於てすら、かくの如き相違ある事と承知して、我等の説を聞き世人の智慧の及ぶ限り、誇大に考へて認識せよと語るものなり。かかることを世人は誇大妄想狂などと思はば、思ふ世人は真に愚なる智慧よりあらずして、己自ら愚者を標榜するに他ならずと知るべし。

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