覚者慈音309

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の五                         NO254
大霊界入門記    後編                 
第八、セン 完成門 (仮称)                                                                  その8
                       教主寛大講述


 汝等衆人は日々平穏なれば其に馴れて却って何か変化を求むるは人情なるべし。愚者は云ふ、「日々唯おなじことを繰り返へして、生涯を終ることは実に楽しからず。幾年生きたりとて何等異なる事無ければ、生きる甲斐なし」と称し居る者さへ見受けらるるは、人間の本性なるべし。日々同じことを繰り返へしながら、何事もなく平穏に生活する底の人ならば其は幸福者なるべきに、変化を好むは何か其によって、異なりたる新らしき楽みを得んとの欲望より生じ来る現象ならん。凡て人は異なりたる所を好む性質あり。さればこそ彼方此方と旅をして変りたる所を見聞せんとなし居るは何故なるかを考慮し見よ。その思ひの中に潜在せる何ものかなかりせばかかる思ひは生ぜざるべし。其には何かその変化の所より何物かを求めんとするによってならん。其は果して何を求め居るや。苦痛にあらずして安楽より安楽へと安楽を追ひ求むるにてはあらざるか。されば本心に立ちかへりて己が欲する安楽とは如何なるものかを考へしことありや。変化自然の中には真の安楽と云ふものはあらざるなり。汝、智識備はりて己が欲するがままにすべてをなし遂げ得るならば、其にて最高の望は果されたるなりと思ふや。己が位高くなりて他より尊敬さるれば其にて汝の望は達したるか。唯世間よりは彼の人は偉き人なりの一言にて尽きるならん。この言葉にて汝はよしと思ひ其が汝の心に安楽を与へしか。然らざるべし。唯偉き人の一言にて褒められしとて己は其にて満足することを得ざるべし。然らば汝は何を求めて生存なし居るや。神の如く敬はれしとて汝の心安からねば何等の価値もなからん。又真の楽みとはならざるべし。汝の肉体は一代にて終るものとせば楽を知らずしてはてるの他なからん。地上にありて偉き人なりの一言を残して此世を去る。然りとせば何処に安楽のありしか。センの門はかかる浅薄なる答へのある以上決して得らるるものにあらず。汝等は不変化自然に立ち変へれば、其時こそ真の安楽となりて安し。然らずば其になりて何になるかの思ひを繰り返へすのみ。所謂神になりて何になることの理屈ばかりを称へて、はてしなき所をさまよひ歩くの他なかるべし。よって安定したる所に立ち返へれば、ここに始めて
何になることぞの解決は得らるるなり。変化自然を追ひ求め居る間は、如何にすとも何になることぞの連続にすぎず。不変化自然にかへるに及んでも其は何になることぞの連続ならば、未だ変化自然を離るることの能はざる人なりと知りて、尚修養の度をたかめ、不変化自然の安定したる所に居を求めよと勧むるものなり。

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