覚者慈音310


未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の五                         NO255
大霊界入門記    後編                 
第八、セン 完成門 (仮称)                                                                  その9
                       教主寛大講述


 先に語りたる語りたる魔神と聖者の相違は其処にあるなり。魔神は変化自然を追ひ求め、聖者は不変化自然を追ひ求めたる結果、魔神は不変化自然の一棒を喰ひて遂に破滅す。然るに聖者はかかることをなしたりとて別段其を誇りとするにもあらず。唯安らかに不変化自然に順じ居て、楽みより楽みへと楽みの連続にて尽きざる全宇宙を、我ものとして歩み居る安楽の生活者なり。この境地に至らば神をも知り、神の力の広大無辺なるに喜びてその身を任せ居るが故に、逆法に出でずして順法をのみ安らかにわたり居るによって、真の安楽は永久普遍に保持せらるることは諸子にも察せらるるならん。とにかく不変化自然に立ち返へれば、変化自然は己が手によって自由自在に行はれ、常人より言はしむれば神の如き行為の法力己に具はる。故に何事をもなさんとせば自由なり。されど其は法力を用い居るのみにて己は安し。変化自然より更に進み、不変化自然にたち返へれば、その変化自然は我手によって自由になすことを得るなり聖者は魔神を屈服せしめしは、変化自然の法を行ひたるに他ならず。魔神は不変化自然に順じ居らずして、唯変化自然の法を会得したるものにて其を最高のものと心得て、己の力を誇りとなせしにすぎざるなり。先に語り居る如く悪魔は不変化自然の力を知らず、唯変化自然のみ会得して其によって世を混乱せしめ居れど、不変化自然に対しては何等なす術を知らざるが故に、センの門などには一歩だに踏み入ることの得られざるは是又当然なり。汝等諸子の世界の学者は変化自然を追ひ求め居るによって永久不変の世界を現出せしむることを得ざるなり。されば不変化自然の道理を明らかに認識して、其によって変化自然を求むるならば望のままに世を建設すること至難の業にあらざるなり。センの門のことはこの程度にて終り、更に第九第十と講をを変へて語ることとせん。(十月十二日)
 時既に来る。八大門は是にて終りを告げたり。最早汝等は学するところなし。すべては是にて完成す。されど汝等は未だ何物をも得る処なかりし。其は何故か。汝等の求むる処は法なり。我は法を語りしにあらず。唯事実を以てして謂はば天界迄の図面をひきて諸子に示したるのみ。汝等の今後はこの図面をながめて其によって誤ちたる方向に向けずして、他に心を移さず図面に頼りて進み来るべし。故にこの書は是にて閉づる事とせん。第九,第十の教へは慈音にのみ伝ふるものにて汝等には最早この程度以上の事は語るも詮なし。さりながら希望とならば読むも差支なし。我、慈音をして第九第十に導く。慈声よ。汝、是を受け継ぎて修すべし。。是は慈音より汝に与ふる寸志なり。依って第九第十の門は附録として記しをくべし。


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