覚者慈音308

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の五                         NO253
大霊界入門記    後編                 
第八、セン 完成門 (仮称)                                                                  その7
                       教主寛大講述


 汝等が口にする短句に「我ものと思へば軽し傘の雪」というふあらん。我ものと思はずば傘の雪は重し。我ものと思ふのみにても軽くなる。是等は気分の相違にて重きものも軽く感じ、軽きものも亦重く感ずるとの意味ならん。されど是を我等に言はしむれば其は唯一時の事にて永久的にあらず。我ものと思ふのみにて一時の軽さを感ずれど、やがては重荷の苦みに化せらるるは是又事実なるべし。一時の修養修業は斯くも浅きものにて恰も物事を知りたるにすぎず。今この句を「我ものとなりてはたのし傘の雪」に迄、至らしむるあらざればさとりとは云ひ難し。我等の教へも先づ斯くの如し。汝等この書を読みて我ものにせざればさとりとはならざるなり。さとらずば無言詞は聞くことあたはず。考へより道を求めて通ぜしめるにあらざればさとりとは云ひ難し。生涯を物知りにて終りなば其は詮なきことなり。たとえ一つの事なりとて我ものになせよ。一法は万法に通ず。是我の教へなり。又事実は然あるなり。一つのものを我ものとせばすべてのものは我ものにとなる。然らずば他は我ものとは云ひ難く、自も亦我ものにはあらざるなり。我ものにあらず、他のものにもあらず、この程度迄思ひを致してそこに何か一つの真理を得ば、其れにて万法は得られてなしてならずと云ふことなく引いてはすべては我ものとなる。
 ここに一人の魔神ありて己が行力を誇りて世を混乱に導きたり。然るに是を斥けんとして多くの修験者及び智者学者これにあたりたれど、彼を屈服せしむることを得ず。ここに至って魔神益々増長し尚も我儘を振舞てはてしなければ、行者達是を愁ひて神に訴ふ。されど神は黙して答へず。ここに一人の優れたる聖者ありて魔神の許に至る。魔神曰く、我を屈服せんとならば我問に答へよ。聖者曰く、我汝を屈服せしめんがために来りしにあらず。されば我は汝に求むる所あり。よって我問に答へよ。魔神嗤いて曰く、汝の問を答ふる如きはいと易し。如何なるなることを聞くとも我に知らざることあらんや。問へよ。答へん。聖者曰く、我無言にて問ふべし。汝も無言にて答へよ。魔神、諾と答へたり。
 さて両者問はず語らず、黙然として座すること長きに及ぶ。然るに魔神は苛たちて心の動揺なしたれば、聖者は直ちに一棒を振いて彼を打つ。彼悲鳴をあげて倒れたり。程経て魔神は我に返り、聖者の許に平伏して蒼惶として逓げ失せたりと云ふ例話あり。是等は何を物語るやを思惟し見よ。魔神は高慢の心あるによって聖者の心を眼下に見下す。聖者は平然として心を安住せしめて動ぜず。さわがず。如何に魔神の苛だつとも一滴の波をも生ぜしめざる底に迄、安定して穏やかになり居るため、遂には魔神を屈服せしめたるなり。この理は最早諸子にも解することを得たるならん。魔神は変化自然にして、聖者は不変化自然なるによってなり。高き所より低き所をながめ居らば落るは当然なり。安定したる処に安きを求め居らば、変化自然は不変化自然に順ぜざるを得ず。遂には不変化自然の一棒を喰ひて、退散するの余儀なきに至ることはうなずき知らるるならん。是即ち道理なり。不変化自然の声を聞き得る力そなはらずば、変化自然にては世を治め世を向上発展せしむることは得難し。不変化自然の中には変化自然の含まれある理を、よくよく認識把握して大なるさとりを求めよ。是即ちセンの門なりと知るべし。




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