父祖の足跡19   僕が飼った犬達その1

 

 それは今からざっと七〇年程前の事です。最初の犬は僕が小学一年生の頃でした。その犬は野良犬だった。いつも夜になると店先にそっと上がり込み遠慮しがちに餌を待っていた。母親はついつい可愛らしさも手伝い、親父の酒の肴の残飯を与えていた。それからその犬は毎晩我家を訪れるようになり、ある日からずっと店先に座り込みの生活が続いた。父母も困り果て、当時店で働いていた店員さんに頼み、大きな段ボール箱に入れて遠くに捨てにいってもらったようだ。距離はおよそ15キロ程離れた小舟戸の橋のたもとにエサと水を置いてさっと自転車を走らせたそうだ。それがなんと何日かして、その犬が店先に座り「今帰ってきたょ」といわんばかりにしっぽを振って母を待っていたという。困り果てた父母はとうとう根を上げ、その犬を飼う決心をしたそうだ。これが世に言うところの帰巣本能なんだろうね。僕の家にはその犬と僕が並んで写っている写真が一枚ある。現在は日本の生活も裕福になり、どこの飼い犬もそれ相応に血統書つきで可愛い顔をしている。でも当時家で飼ったその犬は不細工で犬というよりもタヌキ面をしていた。親父はその犬にラッキ-という名前をつけた。我が家は下の弟が2歳、その次が5歳、僕が7歳になっったばかりの新一年生。兄は小学5年生の四人の男兄弟だった。父母はまだまだ手のかかる幼い子供達の他にも老いた老親がいた。とてもじゃないが犬まで飼う余裕などは当然なかった。犬小屋などもなくいつも軒先で寝起きしていたようだ。昔は犬の鑑札制度もなく、予防注射も打たず全くの鎖なしの放し飼いの状態にあったものだ。よくその頃は保健所から派遣されていた犬を捕獲する人、通称犬殺しの男達が町を徘徊していたのを覚えている。

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