未知日記   第十一巻   絶対界  第二章   神霊界    テツシン貴尊講義2021.02.22

未知日記   第十一巻   絶対界   神智門   テツシン貴尊講義   2021.02.23


 人智門に置かるる間は是等の事柄を明らむるには、余りに範囲広くして複雑なるため、その真相をたしかむる事は至難なり。されば人智門を離れて神智門に進まば其等の結合が完全に整ひ居るによって、智慧の程度進まば是等の道理を知る事を得るなり。即ち神智門は絶対界に入るの門なりと知らば可ならん。
 されば絶対界とは如何なる処を云ふや。是を一言にて説明するならば、迷はざる世界なりと語るも過言にはあらざるべし。迷ふ世界は絶対にあらざるが故なり。仏教者は迷はざる人を名づけて覚者と称し居れり。されば人間なるが故に迷ふなり。人間にして迷はざる底の人ならば名づけて覚者と云ふ。故に人間をはなるれば覚者と説きたるならん。さればギョウの門に移さるれば、既に迷ひを度脱なしたる人なるが故に覚者となる。ギョウの門よりは人間を度脱したる、覚者となりたるならん。されば今後は此門より人界と云ふ言葉を改めて、覚者界と仮称して語ることとせん。

 諸子は我、テツシンが語りし不滅母の処を絶対界と思ひなば誤解なり。諸子は智慧全くそなはりて至るべき処は不滅母界にあらず。不滅母界も絶対なり。されど諸子の至るべき処は不滅母界にあらざる絶対界を云ふなり。是を分り易く説明すれば、不滅母界は基礎的絶対にして、諸子の赴くところは完成組織の絶対なりと知るべし。もしあやまちて不滅母界移さるれば、又も諸子の世界を通過するにあらざれば、組織絶対に入ること難きことに留意せざるべからず。此理は「未知日記」前編より後編に至る迄の間に、説明なしたれば熟読して認識せられんことを! 所謂全宇宙のすべては帰する処絶対界なるが故なり。故に滅すると云ふもの一としてあらじとと云ふことは、屡々語りし如くなり。即ち滅するにあらずして形状を異ならしめたるに他ならず。転々として変化するは、絶対より絶対へと、繰り返へされてあるにすぎざる故なり。 故に絶対の中に相対あり。相対の中に複相対あり。是等は悉く絶対の流れにして相対とは即ち枝葉にすぎず。即ち絶対より見れば相対へ相対へと移され、相対より見る時は絶対の方向に返る関係より相対即絶対、絶対即相対の関係と区分せらるれど、帰するところは絶対に他ならずと知らば可ならん。故に絶対と思ふも迷ひにして又相対と思ふも迷ひなり。されば絶対もなく相対もなきに至らば迷ひはなかるべし。迷はざれば是即ち真の絶対となる。故に迷はざる底の智慧を得るにあらざれば絶対に帰することは難し。

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