未知日記  第五巻  感応論  有意識感応、無意識感応  テツシン貴尊講義 2021.02.01

未知日記   第五巻   有意識感応、無意識感応    テツシン貴尊講義
2021.02.01


 本題の二個の感応について知りおかずば、先に進んで迷ひを生ずるを以って、先づ是より語るべし。汝等平素他人と談話中に於ても火桶の灰をかきならすとか火桶の周囲を撫で廻す等の行為をなすなすならん。そは心ありてにはあらざるべし。斯ることは汝等には無意識なりと知るならん。有意識の中に行はるる無意識なれば、二個は同時に現はるる現象なり。然りとせば有意識には即ち原因ありて来る事を諒するならんも、無意識は如何なる所より如何なる原因にて現はるるやを考へ見よ。此他斯る試しは数限りなし。是は魂と魄との区分が二つに分れたる結果生ずるにて、一方に偏する結果魄の感じより起り来る現象なり。されば感応は魂にも現はれ魄にも来る事は察せらるるならん。故に魂魄一体ならば斯る現象は生ぜざるは事実なり。よく現はるる例に人を訪問して余り話にとけこみて物忘れして帰るなど、或は彼は慌て者など云ふは、此一方的働きの人に多きなり。斯る事柄は些細なりと聞きのがす勿れ。汝等に教へんとなす重要なる論説も、是等の理由を知りおかば、大同小異なるによりて諒解は容易に推知し、受得するならんと信ずるなり。有意識論無意識論には数多の学者に依て種々論議せられあれど、その神髄は極めて薄弱なるもの多し。我に云はしむれば、有無を離れたる意識、動静を離れたる意識、即ち悉皆有意識動意識に帰すと断言して憚らざるなり。何となればすべて霊に帰し霊は永遠不滅なればなり。即ち仏教に云ふ一切空とは霊なるべし。所謂空は有にして無又空なればなり。汝等空と霊とを混同する勿れ。空は力なり。作用なり。霊は滅せざれば空は尽きる事あらざるは当然にして、論議の余地あるべけんや。然りとせば有意識も無意識も尽ず。尽きざれば不変なるべし。依て有無を離れたる有意識に帰す。是を詳細に説明すれば数十巻を要するを以て略す。汝等は唯この大体をおぼろげにても記憶しをきて感応の本論を会得する資料となしおかば可なり。我、是を汝等に示めしをくなり。

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