未知日記講話集     未来観その五d   教主寛大講義

  或人名僧智識より人間には、不滅の魂の具備あることを聞き如何にかしてその魂を発見せんとて、種々様々の修行をなすも不及。彼は禅門の僧によって静座の法を聞き是に依って見性せんとはかり、所かまはず端座して修行を重ね居たりしが、或往来繁き御堂の傍にて端座なし居りし時、その御堂に詣で来る多くの人達是を見て、或者は其愚を嘲笑し、或者は称賛して往来なすによって己が心おちつかず。されど彼は屈せず饒まず座し居たりしが、その時数多の小児集り来りて僧を取り巻きて、その周囲を廻りながら歌いて曰く、
「中の中の小仏は、何故に背が低い。親の精進知らずに暮して、其で背が低い」と
斯く歌ひながら幾回となく周囲を廻りて、軈て其等も立ち去りたり。
軈て日没し人足たえてなく静まりたる時、何処より来りしか一匹の狼来りて、彼が周囲を廻りはじめたり。この時彼は身の毛よだちて静かに端座するあたはず、慄へ戦きて行ずる事の難き迄陥りたり。狼は危害を加へんとはせず、尚もその周囲を廻りて彼を恐れしめ居るのみなりし。彼は尚も危害を加へられん事を恐れて行ずる能はず、如何にかして危難をのがれんとのみの心にて、
既に逃亡せんと迄恐怖の心に化せられて唯なす術を知らず。狼は尚も立ち去らず。既に己が身辺に近寄り来りたり。ここに至って彼は最早のがるる術なきことを知りて、己が身を彼のなすがままにまかせんと覚悟なすに至りたり。
覚悟なし見れば心は平となりて最早何等の不安も苦痛も感ぜず。
然るに狼は危害を加へず、眼をあけて見れば狼の影なし。
此時大空に呵々と大笑したる声聞えて、彼は迷夢より醒めたる心地して、何とは知らず歓喜の思ひに満たさるるに至りたり。
眼を上ぐれば月は煌々と輝き、星の煌めきも一層の美観を呈し、
見るものすべてが生々として其生気が感ぜらるるに至って、
彼は今迄の迷ひは忽ち氷解して、凡てが新しき世界に変わりたる如く感じられたり。軈て赫々たる朝日が我を照らすに至って、彼はその美はしさと神々しさに尚も一層の歓喜の度加はるに及んで、歓喜の涙禁ずるあたはず。
此時又も数多の小児集まり来りて彼が身辺を取り巻き、
中の中の小仏はと歌ひつつ廻りはじめたり。此歌を聞きたる彼は始めて自覚し手を合はせて、小児に向ひて合掌し、立座して此所を立ち去りたりと云ふ逸話あるなり。

×

非ログインユーザーとして返信する