覚者慈音1592   未知日記 第九巻   因果論  人身篇  第四巻      インショウ、ミキョウ貴尊講述

覚者慈音1592
未知日記 第九巻 因果論       
第四の巻
心霊篇 
第五十六      神通力と人通力の関係   
        インショウ、ミキョウ貴尊講述
           2019・12・20


 されど万人悉くを神に通ぜしむる法にあらざれば、正しき神通力は得ること難し。是を得せしむるには完全なる道を作り、完全なる橋を渡し、或はけはしき山を開らきなどして易々と通ぜしむるにあらざれば、すべてを通はしむることを得ず。されば万人悉くを渡さんがために、我等はその任務の責を蒙りて汝等に接し居るなり。一人二人の人を救ふならばそはいと易き事にて、昇天する迄の行をつみたるものならば訳もなき事なり。何となれば其等のものに法を教へて日々行をなさしむれば、人通力を得て昇天することを得ればなり。されど万人億人悉くその法を教ゆとも一様に行はるるものあらず。行ひ難きことを教へて徒らに苦みのみ多くすともあたはざれば甲斐なきことならん。されば万人億人悉くを救ふ法とは如何 ! 道を完全に作りてその道につかしむれば悉くが易々と神の家に到ることを得るによりて、神通力は悉くに通じ、又悉くが神に帰へることを得れば、其にて我等の役目は果さるるなり。我、斯く語らば世人は云ふならん。神はかばかり人を愛し給ふならば何故すべてのものが修行して、然して一様にその法を会得し且つその法力を以て昇天せば安からんにと思ふならん。
 されど世の中はかかる一方的のものにてはおさまるものにあらず。大工あり、左官あり、商人あり農夫あり学者あり、医者あり、すべて皆其々に分野を有す。皆一様に行者とならば、かかる複雑なる世の中は組織なすものにあらず。故に神はその悉くを分野に応じて定め給ひしを知らば明らかに覚ることを得るならん。行者によりて病を治癒することは得れどそは万中の一を助くるにすぎず。万人悉くを救はんとならば医者をつくり薬をつくり其によって治癒せしむれば、万人悉くが救はるることより考察せば、神の力の如何に偉大なるかは察することを得ん。神通力とは万人億人悉くが神によって作られたりとせば、その悉くが神に帰るにあらざれば真の神通力とは云はれざるなり。故に大工には大工の神通力あり、学者医者農夫悉くその分野に於てもつ特徴は、そのすべてを神より受けたるものなれば、その道にはげみ居らば神に通ずるは当然なる事も推して知らるるならん。我等が世人に教ゆる神通力とは即ち是等を云ふなり。「鵜の真似をする烏水に溺るる」との諺をよくよく翫味せよ。大工が行者の真似をなしたりとて何の益かあらん。行者が大工の真似をなしたりとて、即ち鵜の真似をなすにすぎざる道理をよくよく考慮工夫して、己が定められたる天職を完全に守らば、軈ては其徳によって神通力は得らるると知りて励まば可ならん。 

×

非ログインユーザーとして返信する