覚者慈音1030 未知日記 第六巻 光明論  下巻 光明論 巻の八 大悟録 上 第三章 キュの門  テツシン貴尊講義

覚者慈音1030
未知日記 第六巻 光明論       
下巻 光明論 巻の八 
教主講、テッシン貴尊解説
大悟篇  上
第三章 キュ の 門



               テッシン貴尊 講述
               2019.6.08


 二万七百三十六とは短縮に短縮を重ねたる最小限度の数を示めしたれど事実は無限数と知るべし。即ち無限のはたらきを有する気光素を百四十四に縮小し、更に是を大別して十二個に化したると同様にして、二万七百三十六とは百四十四個の自乗したる数なりと考ふれば、其以上縮小の余地なきことも察せらるるならん。詳細を知りたしとならば、汝等数学より計算して理を究むべし。我の汝等に教へんとする処は別の理論にして是が本位にあらざれば省略して次に移るべし。
 汝等この門の様を見る時悲みの心にて見よ。然せば悲みの度益々加はりて見るに堪えざるべき事に化せらるべし。又その心を直ちに喜びに変へて見よ。直ちに喜悦に変じて訳も無く喜悦に充たされん。苦む心怒る心さては楽き心すべて皆同様なり。然のみならず恋する心愛する心また情(なさけ)心して見るも同様思ひは頂点に達すべし。然して汝はこの門の様を共に見せたしとの思ひを貯へ見よ。この友は汝の傍に現はれ来らん。即ちこの門はすべてに融和なすはたらきあるによって斯る現象を見するなり。我、此講をはじむるにあたりて道話を語りしも、是を理解せしめんがための参考迄に語りしなり。何となれば汝等の心同様ならばこの門の様も亦同様に映ずれど、各自の思ひ区々別々ならば映じかたも亦区々別々となるによって、「見る人の心にぞすむ秋の月」の句をも添へをきたるなり。この門の力は汝等の世界に及びてはたらく時は一切悉くに通ず。人間はもとより動物植物、さては微生物に迄及びて通ぜずと云ふことなし。大なる岩石又は鉱石に至る迄、この門のはたらきによって組織されたるにて融和の力なくんば組織は全きを得ざるは汝等も知るならん。

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