覚者慈音1022  未知日記 第六巻 光明論  下巻 光明論 巻の八 大悟録 上 第二章 シュの門  テツシン貴尊講義

覚者慈音1022
未知日記 第六巻 光明論       
下巻 光明論 巻の八 
教主講、テッシン貴尊解説
大悟篇  上
第二章 シュ の 門


               テッシン貴尊 講述
               2019.6.05


 下界の苦は汝等が霊界に到る順路にして是ぞ実を結ばせんがための肥料とも云ふべきものなれば、其苦は喜んで是を受けて吸収せん事を願ふべし。俗言に苦は楽の種子と云ふにはあらざるか。我等に云はしむれば苦は楽を育つる母なりと云ふべし。兎に角自殺は罪なり。何となれば実らざる稲穂を刈りとるに等しければなり。
 又霊界は絶対なるによって引力圧力も従って絶対なれば凡ては自由なり。故に手にて歩行して足の役目をなさしめ、足にて手の代用を計るも自由自在に目的を達せらる。又手足なくとも何等不便を感ずる事もなし。今此も門にて集れる多くの者共永久に此処に止らんことを願ひ居るも、敢て無理とは思はざれどそは各自が住める所との比較より生ずる原因に他ならず。もし神が汝等に許してここに置くならば、汝等は暫時にして他に移されんことを願ひ出づるならん。何となれば如何なる珍味佳肴なりとも初めは珍らしけれど、長く用ゆれば又粗食を望むに等しければなり。貧者は富める者を羨めども富めるものには貧者の思ふ程楽しとは感ぜざるものなり。汝等静に振り返って今日迄行ひ来りし過去の経歴を思ひ浮べ見よ。一夜の夢に過ぎざるならん。苦も楽も悲みも怒りも今は語り草となりたるのみ。そは何かの貢献となりたるか。神の世界に到る順路を踏みつつ在りしかをよくよく反省せよ。今後に於ても過去の行為を其儘に継続せば夢をむさぼるに過ぎずして、何日かは醒むる時節到来せず夢より夢に迷ひ終らん。悲しむべき事にてはあらざるか。速に迷夢より覚醒めよ。暁は近し。今や太陽は昇らんとす。早く起きて光明に浴せよと。汝等の智慧の程度によりてこの門の有様を見聞せば、凡ては完成したる如く思ふならんも事実は然らず。第一の門は破壊にしてこの門は分解に属するなり。
 汝等の世界に例をとるならば土地を開拓せんとして雑木を伐り倒し、或は岩石を粉砕し、然して山を切り下ぐる等に依て漸く平地になしたる迄は第一の門にして、第二の門は是等をしわけして整頓するに過ぎざるなり。是よりこの場所に田畑を作り家を建設せざれば人は住む能はざらん。先づ是に類すると考ふべし。

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