覚者慈音814  光明論上巻 巻の三  92番 八紘一宇とは 教主寛大講義

未知日記 第六巻 光明論      
上巻 光明論 巻の三     
八紘一宇とは

  
                  教主寛大 講述
                  2019.1.30
                      第92番


 八紘一宇とは侵略にあらず。領土を拡むるにもあらず。日本をして地球の支配権を得せしめと云ふにもあらず。アメリカを世界の首魁国たらしめんと云ふにもあらず。所謂立体自然の徳に順応してすべてはその分を知りて其居に安んじ、尊ぶべきは尊び、憐れむべきはいたはり、愛すべきは愛して相和して争はず大平和、永久の平和を完成するを八紘宇為と称するなり。天皇と国民とはなればなれの政治は頭と腹との統一を欠き居るに依て亡びたるなり。破れたるなり。日本の学者は敵国の程度を過小に考へて己等の力の低かりしを破れてのち悟る如きは、軍人学者の足並揃はざる結果にして、是等も肉体にて考ふれば腹の力が滅して手足の働き自由ならざるに等し。霊を押し込めて、魂魄は別々に働きながら、霊の力を求むるとも何の甲斐なきは云ふ迄もなし。神風の吹かざることも当然ならずや。よくよく反省して考慮せよ。君は従臣の声のみ聞きて真の国民の声を知らずして国安かるべき道理あらんや。
 第一題二の鏡は頭脳に在り。是即ち陽の鏡となり居れるに依り魂心に属す。然して第三第四の鏡は陰に属するに依て魄意に属するが故に腹に帰せしむるなり。今汝等はテッシンより説明をうけし如く因果を知るは腹にあり。物を育てあげる力は地の徳に任せざるべからず。天の徳を現はすは地の理に依て現はるることを汝等はよく知りて、さて此理を己が身に引き比べて修養せんと

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