未知日記霊話集 第千二百十四回 絶対界 第六章 神霊界 霊の動静について 此霊子の作用によって其が通じて暗示となりて働く。暗示と云ふも此霊子の働きに他ならず。 嘘言を以て人を欺く。嘘言と云ふも皆霊子の働きなり。 霊子は善にも悪にも何れにもあれ、其何たるとを問はず働きて、其力が皆其々の程度に応じて通ずと知らば可ならん テツシン貴尊講義

 

絶対界  ヒロさんが転写されたものを使わせていただきます


 諸子の世界に於て古来よりの伝説によれば、彫刻師が刻みたる仏体が生きたるはたらきをなしたりとか、或は一幅の名画が生きたるものの如くはたらきたりとか云へる話の数々伝はりあるならん。然るにその名工が残したる数々のものが現在に至って今尚存在なし居りながら、 伝説の如きはたらきをなさざるを見て、唯其は伝説なりと聞きのがし見のがしてあるにてはあらざるか。 諸子はこの理を知るや。是等の事柄を唯語り噺として其等に関して諸子はその理由を究めんとはなさざるならん。もし我等ならばそのものに対して先づ疑ひの念を起し、然してその疑ひの念の晴るる迄究め尽して後にあらざれば、迷信妄信等の言葉は断言するものにあらず。 諸子の伝説の中には小説化せしめて面白く書きたてたる偽言も多し。 されど中には真実の語り草もあるなり。 是等に関して聊か其理由を説明せん。即ち今も語り居る如く是等の事柄は活動霊子補助霊子の作用にして、その両者のはたらきの程度が深きか浅きかの区別に他ならず。 もし其が深ければ、その力のはたらきが長き時間を有し、浅ければ短時間に消滅する関係より、すべてを考察せば明らかに知ることを得るなり。例へばここに一人の名工ありとせんか。その名工が世を呪ひて長く恨まんとして描きたる悪魔の像ありとせんか。その名工の怨みの程度が猛烈にして、己の一命をその絵に残さんとして、描きたるものならばその力はきはめて深し。故にその悪魔の像はその画家の怨みの程度だけ、長き時間を有すれど是等は永久ならず、次第に其力がうすらぎ行きて果は、時期来らば消滅して力を失ふに至るなり。 「未知日記」前書に於て語りたる念を残すと云ふは是なり。念はその強弱によつてある一定の限度来らば、影を没すと語りしは是なり。 活動霊子補助霊子の働かせかたを巧みに用ゆればかくの如き力を有す。
仮に諸子は他人に対して言語の用いかた如何によっては腹立しめ、或は悦ばしむる等のことを日々体験なし居るならん。 人の感情を害するとか、或は手なづけるとか云へる言葉には、すべて活動霊子補助霊子のはたらきの作用によると知らば可ならん。己の心にもなき失言によって、思ひもよらぬ他人の心に傷くることも、皆この霊子のはたらきが斯くなさしめ居ることに気附くならば、言葉の中にすら霊子のはたらきが如何に重要なるかに留意せざるべからず。催眠術とか感応術とか云へる方法もすべては、此霊子の作用によって其が通じて暗示となりて働く。暗示と云ふも此霊子の働きに他ならず。 嘘言を以て人を欺く。嘘言と云ふも皆霊子の働きなり。 霊子は善にも悪にも何れにもあれ、其何たるとを問はず働きて、其力が皆其々の程度に応じて通ずと知らば可ならん。

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