未知日記霊話集千七百九十九回  帰途案内記 NO215 宗教によって心の戦ひを修めなば、実の戦ひも亦をさまるべし。然してこそ安楽なる世渡りをなすことを得るに不拘、現在の宗教者は此理を知らずして、実にのみ眼をむけて世を導かんとなすが故に、中途因果の法則となりて治むることを得ざるなり セイキョウ貴尊講義

未知日記 第十巻 帰途案内記       
巻の四
最終の巻 
二流界、仮称霊空界
セイキョウ貴尊 講述
                     


 是等は実在的の事に限らず、空なる事に及びては世人は無関心にして生活をなし居るによって、世の中は進歩発達は得られざるなり。空なる方向に意を用い居らば其が反対に実在に影響を及ぼして、空実共に安らかとなることは云ふ迄もなし。現在汝等の世界は空の戦ひたえやらず、故に一日として安楽の居に安んずるもの一人としてあらざるなり。世人の智慧を磨くと云ふは智慧を磨くにあらずして、戦はんがための智慧を磨き居るに他ならず。
 世人の諺に「七人の子を儲くるとも妻に心をゆるす勿れ」とか称し居るにてはあらざるか。夫婦の中に於てすら心の戦ひをなし居るが故に、斯ることばを用ゆるならん。又甚だしきは親子の間に於ても、金銭は他人など語り居るを聞く。何とあさはかなる言葉と我等は不憫に思ふものなり。生活のためには親子の間に於てすら斯くの如き心の争ひをなすにてはあらざるか。親子夫婦の間に於てすら心と心の戦ひをなし居りて、口にのみ平和を称へてそれが何の益かあらん。是等はすべて空の戦ひなり。一度あやまてば腕力に訴ふるならん。是武力の戦争と同様にてはあらざるか。世人の口にする平和はすべては斯くの如し。何日かは安き日を迎ふることを得んや。空の戦ひ度をすぐれば軈ては武力を用いるに至らん。故に真の平和を望むならば先づ空の戦ひをなさざるやぅ工夫せざるべからず。空より実に及ぶと云ふことを知るならば、すべての学理を空にまかせてその方法より実に及ばば、却て好結果をもたらすとは考へざるや。宗教は空なり。神仏を信ぜよと云ふは空を信ぜよと云ふことなるべし。心と心の戦ひをなさしめざる方法としての宗教なるべし。その宗教によって心の戦ひを修めなば、実の戦ひも亦をさまるべし。然してこそ安楽なる世渡りをなすことを得るに不拘、現在の宗教者は此理を知らずして、実にのみ眼をむけて世を導かんとなすが故に、中途因果の法則となりて治むることを得ざるなり。聊か話を横道に入らしめたり。もとに復すべし。

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