覚者慈音580

               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第四の巻
           来世の巻                                    其の131
    第二      天界と地界の関係
     五     上昇か下降か。更に中界に迷うか                                         
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 我、是より語らんとする進退論説は汝等が考うる進退の意味とには相違あることについていささか語りおかんとす。汝等が思うところの進退とは距離を想像するが故に従って時間を伴う。人間は前面に足を運ぶを進むと思い、後方にすさるを退歩と考うるも是即ち距離を位置を考うる故ならん。されど我の語らんとする処は然にはあらず。我の説く昇ると云うは位置を指すにあらず、即ち神に接近するを昇ると云い、神より遠ざからるを下ると云う意味なりと考へて行ぜば自づと上昇下降の道理は明らかとならん。
 朝に太陽を迎へ夕に太陽を送ると考うる時太陽は東に出でて西に傾くと思へど地球が廻転して斯くなると思わば其思いは反対となる道理あらん。其と同様の理論より我等が語る処をよくよく味うべし。
 進むと思うは退く結果となり、退くと思いしに事実は進み居る事のあることも亦知る事を得るならん。故に汝等時間空間距離を考うる事なく先づ其等の理論をすてて空となりて我等が説を聞くべし。
 汝等肉体を地上に有してそのまま進み退く事をなさずして神に近寄る事を得ば即ち歩まずして進みたるなり。又其と反対に座して神に遠ざからば其は歩まずして退きたるに他ならずとの思いを先づ胸中に納めて徐に我等が説を聞くべしる然らずば上界下界の区別を明らかにさとる事は至難なるに依ってかく注意なしおくなり。
眼によってものを見る。其は前面にして背後を見る事を得ざるべし。汝等の肉体は前面にのみむけられて背後暗し。故に進むと思うは前面に囚はれ退くと思うは背後に囚はるるなり。まなこは八法十方に見る力をそなうるものならばその居に居て凡てを見る事を得るならん。(但しまなことは神眼を云うなり)されば目は不自由なれど神眼は明らかにして居ながら凡てを見るに充分なれば如何にかして目をすてて神眼によらざれば到底正しきものを見る事難し。もし汝等にして神眼を得るならば居は如何なる所に置れたりとも宇宙を見きわむる能力を有するが故に、自由に凡てを見きわむる事を得るならん。耳又然り。手足又同様なるべし。此境地に達しなば不自由なる肉体を有せずして思うがままに行動をなすことを得るならん。是と反対に退歩するならば暗黒より暗黒へと変じて見るに神眼なく聞くに耳なく歩むに足なく取るに手なければ迷いは永久につきざるべし。上界とは神眼神耳神口神手神足を得るを指し、下界とは暗黒界を指すなり。中界とは即ち今汝等が住む現在の地を云うなり。
 我、是より九流界の様を語らんと思い居たりしが円海が次の会(こだま会)に於て会員に此界の様を語らんと約したるが故に是を彼にまかせ更に七流界の事についていささか語りきかすべし。
 七流界の人類は既に凡ての人界の行を終りたるものにて汝等の如くならねば汝等にとりては我等の説を聞きても到底認知する事を得ざらんとは思へど、先づ大要を語りて汝等が修養の参考資料迄に供することとせん。
 八流界九流界はあまり大差なければ円海よりくわしくききて想像するも亦修養の資料とならん。七流界に至っては更に二歩三歩進みたるが故に汝等は是を事実に於て見聞せざれば明らかに把握してさとることを得ざらんとは思へど不自由なる言葉にては到底汝等に通ぜしむることの困難にして筆舌の及ばざる底の世界なることを先づ脳裏に描きおきて聞くべし。


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