覚者慈音537


               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第三の巻
           未来の巻        其の89
  第六       変化の妙味       その1
                       NO2                         
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 変翩(へんぺん)きはまりなき宇宙の大意 を理解せんとあせるともそは容易のことにあらず。人間の常識にて判断せんとなすが故にこそすべてを明らかに知ることを得ざるなり。されば先づ人智をはなれて第三者となり無我となりすべてを放棄して大自然の懐中に抱かれ見よ。然る時は自づと宇宙に同化し遂にはその真髄にふれて大悟徹底することを得るなり。及ばざる人智を動じて如何にはたらかすとも其は木に依て魚を求むるより尚困難なり。
 先づ考へ見よ。汝等が持つ智慧は何処より来りてはたらくや。汝等の眼はものにふれて動き耳は音に従いて働く。その眼その耳のはたらきより更に別個の観察を招来し来るは一般の智慧なり。耳にふれずとも雑念の生じ来るは何処より来りてはたらくかを思うとき、其根は何処にありやと云うに至ってはさて迷うことあらん。雑念妄念の生ずるは唯肉体の現象なりと云うか。肉体現象に依って生ずる智慧ならば人智は至って範囲のせまきものなりとは考へざるか。兎に角人智のはたらきは何処より来るかをたづね求むれば、所謂空より来ると考うるならん。然らばその空は何処にありや。汝等が知る空とはなにを意味するか。はた何を以て空となすや。空、空、すべて空なりと口になし居れどその本体の空とは何なるかを知る人たえて稀なるべし。霊と云い空と称して霊を神とし空をはたらきと考うるか。静かに心を静止(とめ)て考へ見るべし。宇宙の変化は多事多端にして是を仔細に説明する事は容易の業にあらねど汝等が思うところはすべて実在を意味し空を無として考うる故に汝等の心はすべて実在的なるべし。我等が云わんとするところは即ち実在にあらず。霊、霊、空、空の変化、その変化こそ即ち妙味なりと云うなり。我等が言わんとする処は実在をはなれたる霊空の方面に重点を置きて説明せんとなすに依て汝等の智慧には聊か迷いを生ぜしむる恐れあるによってチュフラジュ(是は聊か明示するを得ざる言葉なり)

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