覚者慈音241

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の四                         NO190
大霊界入門記   前編                 
第三   キュ、修養門 (仮称)                                   その2
                      教主寛大講述


 この界の人は優越感に心惹かるる如き愚者はあらざるなり。汝等諸子の世界は何事に限らず些細の事柄が他の人よりすぐれたる時、其を誇りて我は世界一なりとか我が国は一流国なりとか称して、是を誇り他をして羨ましめて其を最大の喜悦となすが如き、微々たる考へを以て生活なし居るが故に争ひはたえず。されど大霊界は斯る振舞の徒輩一人としてあらず。伎倆すぐれたる人を唯己の喜悦として遇し居るにすぎざるなり。伎倆すぐれたる者はその程度に従って皆其々の職分に服す。伎倆劣りたりとて卑下するものもなく、又軽蔑するが如きことはあらざるなり。即ち優劣共に一体なるが故なり。皆其々の程度に応じて職分を大切に守り居るが故に、すべてに於て落伍者は一人としてあらざることも亦云ふ迄もなし。汝等諸子の世界に於ても斯る例はあるならん。大学者は無学の徒に使役せられて奴隷の如く働かされ居るにてはあらざるか。富豪家の主人は無学文盲なるに不拘多くの学者を使役して己が位置を高め居るが如きことさへ見受けらる。かかる事のあるが故に種々様々の党派が組織されて党為党略の為に手段を択ばず、国家建設の為なりと称して、己が党派のためにするが如きはその党派に帰服する人々こそ、実に哀れなるものなりとは考へざるか。従来の日本は天皇を看板にして、其によって武人は権威を恣にして果は亡びたり。天皇こそ実に迷惑にして気の毒なりとは考へざるや。宗教者は神を喰物にして憚らず。神こそ実に迷惑なるべし。利益のためには手段は択ばぬ汝等種族の人々こそ実に哀れなり。斯る事の永続なす間は如何に努力すとも九流界などの現出する時代は前途遼遠なるべし。然とは考へざるや。九流界などに於ては一つの事柄を計画したる時、その界悉くが同意するにあらざれば着手はなさざるなり。たとえ小児たりとも異論を称ふる者あらば、先づその小児の理由を研究して可否を知りたる後に、其小児をして納得せしめ然して全界悉くが双手をあげて、賛同するに至ってはじめて其事柄に着手す。斯くも公平なるなるが故に、一家一族の如く一界一家人なり。例へば何かの誤解によって論争なすことあらば、その両者の理論を実行に移して後、一方の破れたるものに是を知らしめたる時、破れたる方が己が非を謝して是に和す。故に争ひ等は決して起らざるなり。
 汝等諸子の世界の党派は相似て等しからず。一度たてたる主義主張は是非の区をたしかめずして、己が主義主張を固守して譲らず。其を其党派同士が互いに研究しあふ如きことはなさず。故に非なることも是を巧みにおしかくして、唯表面をつくらひ内心安からざる行為をなし居る如きは、是等も党の優越感より生ずる現象なるべし。宗教者に於ても教育者に於ても、学者に於てもすべて是なり。是を汝等諸子に云はしむれば其は進歩発展の為にして、党為党略の為にあらずと称へ居れど、其は体裁をつくらふのみにて事実は利益のための、方便にすぎざることは我等よく知る。世の中を進歩発達せしめて界の位置をたかめんとするならば、斯る方策を用いずとも真実の真心より計画して行ふならば空しき光陰をすごさずとも可ならん。全界一体となりて互に研究し工夫して是を広く公になし、互に相寄り相助けて進歩発達の道を進まば、その目的を成就することも亦速ならん。汝等諸子は千日に刈りたる萱(かや)と云ふ教へを口になし居るならん。恰も其の如く千日に刈りたる萱を一塊の火によって、空しくするが如きは実に愚なる事なるべし。時は金なりの言葉を大切になして喜び居る間は、如何に努力すとも世の建設は計られざるべし。




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