覚者慈音683  未知日記 第三巻  念力集    伊東慈音

覚者慈音683
未知日記 
未知日記 第三巻      
安楽の巻     
        その1      
                
                 テッシン貴尊講述


 老者は過去を語り、若者は未来を語る。即ち老者は帰らんとなし、若者は行かんとするなり。ミキョウの説きたる如く旅する者の娯みは道中にあるならん。斯く考え来らば行因行果は、安楽の根幹をなすと云ふ事を得。依って行ぜざるものには、真の安楽を味ふこと難かるべし。日々美食美味する者は真の味を知らざるなり。粗食するに依って美味は知らるる如く、行ありて真の安楽は得らるるなり。暁より夕迄業を行ひ初めて夕餉の食はたとひ粗食なりとも珍味にまさらん。されば真の安楽は行ありて得られ、行を安楽と思ひて行はば終始是安楽なるべし。
 行は汝によって行はれ、汝は行に依って安楽を知る。安楽は極楽なり。されば極楽は何処にもある事なく、汝が身にあるにてはあらざるか。極楽ありとせば地獄も亦身にあるべし。行を行ふは念より出づ。されば念力なくんば行の達成は成り難し。即ち期する処は念に依って極楽地獄は生ずると云ふ結果となるなり。故に地獄極楽は汝等か念によりて作り出すことを得ん。悪念は地獄を作り、善念は極楽を作る。然して疑念は宙に迷ふ憂ひとなる。たとえ地獄に堕つるとも、斯くせざれば止まじとの念は、既に地獄を現出したるにて、軈てはその念によりて地獄は組織せらるるなり。又我、善行を行ひて極楽へあげらるる身とならんとの信念にて行はば、自ら極楽は組織せられん。されど地獄極楽は果してありや、無きやとの念に依って行ずとも、何れも得る処無くして唯宙に迷ふの外なかるべし。汝等早くこの理を悟りて信念を厚くして楽行によりて、永久の浄土天国を作ることに努力せよ。執念を捨てることも此理によりて工夫すれば安々捨てらるることを得ん。されば安楽より安楽の道は知らるるなり。
 寒風吹きすさぶ河中に明玉を見出せば、寒さもものかは飛び入りて是を取らん。汝等が目前に宝の玉はあるなりと思はば執念はとり去る事は易かるべし。徒に無意義にして他を害する執念を極楽の明玉に向けよ。欺かるるとも信ぜよ。欺く者に罪あり。信ずる者は罪なく愛せられん。即ち欺く者は罰せらる。愚者にして信ずる者は愛せらるる賢者となるなり。故に欺かるるとも信ずるは智者なり。世人は是を愚の正直と笑ふ。笑はるるも決して恥辱にはあらじ。何となれば笑ふ者は、欺くことを知れる故に、己も欺きを行ふことあらんも計り難く、然れども彼笑はれたる者こそ、欺く術を知らざれば尊くして、恥辱は却って笑いし者に与へらるるなり。 


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