覚者慈音778  光明論上巻 巻の一  56番   伊東慈音

覚者慈音778
未知日記 第六巻 光明論      
上巻 光明論 巻の二     
          
                         
                  テッシン貴尊講述
                  2019.1.10
                  第56番


 例へば一個の玉を他よりの依頼によりて磨き呉れよとの命に応じて日々の報酬を受けて磨き居るうち、余りに光沢の美はしきに依頼者に返へすを欲せず永久我物たらしめんと考ふるに等し。汝等は依頼者の来るを忘れて我物たらしめんとして依頼者より返還を迫られて、言を左右にして返還せんとなさざるが故に苦心するなり。依頼品を完全に磨き上げて大切に保存して何時返還を申込まれても差支なきよう整へをかば、依頼者の報酬は多かるべく、是に反して如何に念入りに磨くとも何れは返へすなればとて磨くを粗略になし、又汚損破壊等の過失あらば是に対して相当する賠償の責を負ふは当然なり。教主の仰せられたる原理は是なり。
 汝等は神より依頼され神の使命を受けて神を忘れ、なさんとせざるなり。汝等は日々三度の食事を欠さず摂取にはあらずや。然して意志薄弱とか、なさんと思へどならずとか云ふは報酬を先に受けて製品を作らんとせず遊び居て其にて相すまずとは考へざるか。例へば人根錬成会社の一雇員としてもしくは一社員として入社しながら、その任務を果さず欠勤して給料のみ要求するは給与盗坊禄盗人にてはあらずや。この理を慮らば彼是論議することなく実行に実行を重ね、なるならぬ苦情を訴ふる余地はなき筈なり。即ちなさぬは神を恐れざるに基因す。されど朝夕神を忘れず、神に奉仕て怠らず努力せばならずと云ふ事あるべからず。我生命は神より命ぜられたる貴重品なれば磨きに磨きて光彩を放たしむるは是即ち人間の任務なり。人間の道とは是を云ふなりとの明らめをなさば是ぞ悟りたる人なり。否此明らめにて修行して初めてさとりは得らるるなり。斯くてこそ霊光は力ある輝きとならん。汝等の希望む小我は捨てられて正しき大我を獲得するを得ん。汝等は主に仕へて主を忘れ居る故にならぬなり。なさざるなり。


 教主出座、礼拝低頭
 
「霊光に距離なければ霊界と他の世界とも距離なく、汝等の肉体も従って霊界なることを覚るべし」


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