覚者慈音775  光明論上巻 巻の一  53番   伊東慈音

覚者慈音775
未知日記 第六巻 光明論      
上巻 光明論 巻の二     
          空とは如何に (つづき)
                         
                  テッシン貴尊講述
                  2019.1.8
                  第53番


 今迄の汝等ならば其意味は諒解し難からんも霊界に一歩印してかばかりの説明を理解し難きとは我は思はざるなり。空(くう)より出でて空(くう)に帰すと判明せし如き言葉は汝等も口になしつつ事実は空(くう)の妙味を知り居らざるは遺憾なり。空(くう)より出でて空(くう)に帰す。一切空(くう)、空(くう)又空(くう)と覚りたる如くさとらざる如く理論は成立したるも事実は未だ成立を見ざるなり。茶飲み茶碗の茶は飲まれて空(から)に帰し、捨てられて滅すれども空(くう)に帰するにあらず。茶碗を湯呑みに変ずれば空(くう)となり破損すれば滅す。是空(くう)となりしにはあらずと説きたらば汝等迷ふならん。ここに空(くう)なるものの一大事あることを覚らざるべからず。人間も死すれば滅したるにて空(くう)に帰したるにあらず。空(くう)も亦空(くう)なりと云へる言葉もここに存す。燈火は消えて空(くう)に帰す。点ぜられて空より出現さるれば滅したるにはあらず。空に帰すれば死せざるなり。又宇宙全宇宙は生ありて寸時も停止なしあらざるにより空(くう)と云ふものは無しとして説きたる学者もあり。とにかく空(くう)とは原始なり。原始に帰すれば空(くう)に帰す。又空(むな)しきと空(くう)とを混同する勿れ。空(むな)しきと空(くう)とは相似て等しからざればなり。もし梅の花が桜花に帰したりとせばそは梅の花が空(むな)しくなりたるにて空(くう)とは云ひ難し。梅は梅としての任務を果し己が天分を全うして初めて空(くう)に帰するなり。然して一切空なれば源は一なるべし。一つの源より生れたるすべては愛し愛さるるは当然なるに相争ひ相反くとは嘆はしきことならずや。朝夕いただく食事ももとは一より生れたるに、その恵に感謝せず美ならずとて捨てる等は、是を殺して空(くう)に化せしめぬ如きは無謀にて愛の力うすきにあらずや。汝等は日々何心なく殺生を犯しつつあるは空(くう)の大事をさとり居らざる故なり。「空(くう)と云ふ一つの胎より生れ来て、敵と味方になるぞ悲しき」と云へるを聞きたり。実に然りと我は思ふなり。宇宙は持ちつ持たれっ生存しあるは空(くう)の力ならずや。是が相反目して争ふは空(くう)に反するにてはあらざるか。他の領域を犯して盗みするも罪となることも皆空(くう)に反すればなり。

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