覚者慈音766  光明論上巻 巻の一  45番   伊東慈音

覚者慈音766
未知日記 第六巻 光明論      
上巻 光明論 巻の二     
                        
                  テッシン貴尊講述
                  2019.1.3

                  第45番


 今や汝等は空源力とか気光素とか云へる言葉に望みをかけつつ不知不識の間に運ばれて霊光の門に入るを許され、久き宿望の気光素を得て本然にかへらんとなしつつあるなり。恰も三蔵が経を求めんが為に旅を重ね数々の苦難に堪えて宿望を果せしに似たり。霊光の衣を受けて娑婆に帰らば他より如何なる悪魔の誘惑を受くるとも決して惑はさるることなく、妬み嫉みも更に生ずる心配も無く明朗なる生活は肉体の尽る迄続く喜悦を得るなり。霊光の衣は暑からず寒からず、教主の申されし如し。何物にも染まらぬ色を有しながらすべての色にも化して己が本分に化せしむ。汝等色に迷ひ迷はさるる勿れ。兎角他の花は赤く見ゆるものなれども決して然らざるなり。軽しと見えて他の荷物は重きものなり。己の分に応じたる荷物は神より下さるるもその荷物を命ぜられたる処迄運べば責務は果されたるなり。不平不満を抱くべからず。霊光の徳は高きにも低きにもすべてに従ひて決して不平不満を抱くことあらざるなり。汝等は唯奇跡を感ずるによりて奇跡を喜悦び神に願ひて奇跡を得んことを望む。
 大凡宇宙全宇宙の組織のみは神の作り給へる奇跡にして、其奇跡の徳に浴し居て更に又何を好んで奇跡を求むる! 奇跡に組織されし徳を応用する道を修めて其理に基づきて事をなさばならずと云ふこと無し。是即ち霊光の威徳なりと悟らば自ら百般の道理は明らかにせらるるならん。覚らずば念となりて得る処は唯迷ひのみとなる。


 教主曰く
 今より霊界の道を修得せんとなす者は予め其規則の大要を見聞していささかの智識を具 へをくの要あり。故に是をテッシンより受けよ。我は退座せん。
 教主、立座、拝礼低頭

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