覚者慈音755  光明論上巻 巻の一  33番   伊東慈音

覚者慈音755
未知日記 第六巻 光明論      
上巻 巻の一    
                        
                  セイキョウ貴尊講述
                  2018.12.24
                  第33番


 宇宙は霊光に包含されあれば恰も箱の中の物を探ぐる同様なればなり。霊光は箱なりと考ふるも可ならん。汝等も地球も此箱の内に在るなり。此箱は人間の作れる箱とは異なり、ふたを開けて内を探るの要なければ何を探し求むるも直ちに取り出ださるる調法なる箱とも見らる。習はずとも学ばずとも知るは霊光なり。何となればすべてを処理作り出せしは霊光なれば、知らざれば作り出すことを得ざればなり。故に汝等は何事か知り度しと思はば霊光に訊きて教へを受けなば可ならん。教主の仰せられし如く人間は地球と同様、宇宙の胞子にて是を作り出せしは霊光と言はれたるにはあらずや。さればこそ霊光にかへらば衣食住の心配も無く、又生老病死の苦の憂なしと迄申されたり。我、汝等がために此霊光の偉大なるを語るも、我の験したる信仰の結果より考察して、教主の意のある処を汝等に満足せしめなば我の本懐是に過ぎずと種々工夫なし居るなり。然れども事実修行したる者には頷き知るを得れども、初心者の汝等に是を悟らせんことは容易の業ならず。汝等も急げ。我も急がん。されど急ぎてつまづく勿れ。脚下を顧みつつ急ぐべし。
 汝等が考ふる衣食住とは肉体に重点をおきあるなり。是は積極的にして心の衣食住とは消極的なるは当然なり。然れども肉体に衣食住を要する如く、心にも衣食住の必要なきかを反省し見よ。肉体にのみ栄耀栄華を欲して心に与へざるは、主人を閉ぢ込めて臣下共が豪奢をきはめ居るに異ならざるべし。されば心の衣食住は何を与ふべきか。或は衣食住とは如何なる心に如何なる食、如何なる住居を指すなるかを考へしことありや。汝等の中には其すら知らざる者もあらんと我は思ふに依て先づ是等の人のために語りをくべし。心の衣とは修養にあらずやと思ふならん。修養は衣にあらずして食なり。食なるが故に発育するなり。然らば衣とは何なるか。即ち霊光の威徳を蒙らしむるの衣服を纏はせたるなり。住とは心を迷はさぬ安全なり。心をすますと汝等が云ふは即ちすますすまはせるの意も含まれありて心に不安の雨風を凌がせるをちつきがあれば心は安らかならん。是即ち住と思はば可なり。霊光の美はしき衣を纏ひ修養の営養によりて健全に発達して安定するを得れば、衣食住の憂あることあらんや。教主の仰せられし霊光にかへれば衣食住の心配なしとの意味は、此理なることを悟りて肉体と共に健全ならしむることに努力すべきなり。
 されど汝等は生老病死苦のなやみの意味は不明なるべし。是を霊光に帰せば生老病死の苦はまぬがれると云ふに依て汝等は滅後を想像するならんも、教主も我も汝等に決して滅後を語るにあらず。要は肉体を保持しある間の事柄に重点を置きたるにて滅後は如何になるかは追々説るるならんも、今は唯生ある間に修行なしおかざればかなはぬ処の、重要の概略なりと知りて修すべし。霊光にはもとより生老病死苦の憂なけれど汝の心には形あるを以て生死あり。されば生あり死あるとせば老病の苦は伴ふは自然の理なるべし。
 即ち生死の苦みは不安より生じ老病の苦は気力の減退に依る。故に霊光に依て不安を除去すれば気力は旺盛となりて若がへりて老いず、健全となりて病苦の影を没するに至らん。是が肉体に及ばば心身共に健やかになりて寿命を延ばすことを得るなり。寿は肉体、命はいのちなれば共に健全に発達なさしむるには霊光に帰らざるべからず。霊光に浴せば陰陽の光は一体となり、初めて威徳は現はるるなり。霊光は善悪を超越したれば悪に組みせず、其行為は正しくなりてすべては神の道に合へば善悪にあらざる善行となりたるなり。汝等が望む処の霊光に浴する方法を今少し語り聞かすこととせん。
 

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