覚者慈音750  光明論上巻 巻の一  28番   伊東慈音

覚者慈音750
未知日記 第六巻 光明論      
上巻 巻の一    
                        
                  セイキョウ貴尊講述
                  2018.12.22
                   第28回講義


 学理を応用すれば或程度妊娠なすことを得れども、唯淫欲を恣に行ひたりとて子は自由に得らるるものにあらざるなり。然るを産児制限とかに依て堕胎せしめ婦人の肉体を若からしめんなどは天理に反す。是人道にあらざるは当然なるべし。動物性蛋白と植物性蛋白に於てすら異なる働きあり。まして人類に於てをや。然るに其が相互に自尊心より優越を争ふにより、意志の疎通を欠きて相反目し、甚だしきは私の刑罰などを設け残虐なる私刑をなして快哉を叫び居る人種を文化人と誇るも笑止。斯ることが最高の人種と云ふならば世界人類の秩序は保ち難からん。汝等が国(日本)の刑罰にも昔は残忍なるありしを我も見たり。この苦痛を堪え忍ぶ修行をなさんと計りしはそもそも武士道の初まりならんかと我は思ふなり。さればこそ汝等の国人の言葉に、男子は首を切らるるも泣く勿れと教へて、今も残り居りていささかの病苦に弱音をあぐれば恥として耐え忍ぶ風習あるにてはあらずや。是等は精神の力を強くして肉体の苦を抑圧せんとの修養の現はれが向上し、ここに宗教心も加はりて大和魂と云ふ日本特有の誇りを達成したりしならんか。故に是等の行為は異国人が智慧を絞るとも到底真を把握するを得ざるなり。講義は横道に入りたるにあらず。汝等是等についてよく我の説明を翫味しをくべし。然らざれば真の霊光の衣を重ぬるを得ざればなり。
 教主は日蝕月蝕に事よせて人間には病苦のあることを説かれたり。もとより日蝕月蝕は病めるにはあらざれども光をさへぎらば是光の障碍なれば病気にたとえられたるなり。人間には肉体の病気、心の病気あるに依て此苦をまぬがれんと欲するは理なり。肉体の病と心の悩みと何れが苦みに耐え難きかは別として、健康なる其日々々を送らんと願ふは何れを論ぜず同一ならん。宗教者の多くは神仏を信ぜしむるにこの弱点につけ入りて種々様々の法を作り、加持祈祷或は気合い的な行など行ひて、「神に依て汝等の病苦は癒たり。信仰せば永久健全ならんなど」と、言葉を弄して己が道に引き入るる結果ここに迷信者の現はるる結果、正しき宗教は彼等に依て圧倒され、一筋にてあるべき神の道は種々雑多と変化されて真の信仰に迷ひ迷はさるるに至れり。その現はれとして山の神海の神産土神死神三宝神火神水の神作物の神、はては雪隠の神迄算ふることを得ざるによりて、八百万の神々と総称して拝し居るを見るなり。汝等此理を何と解するや。神の力は普く凡てに通じて全からずと云ふことなし云ひしは是なり。汝等は何処にて罪を犯し隠るるとも霊光は是を照すと云ふことは知り居る筈なり。斯る理解し易き事柄を特に重く説れたる教主の意志は、那辺に在るかを考慮し見よ。





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