覚者慈音713  未知日記 第四巻  心霊雑話  伊東慈音

覚者慈音713
未知日記 第四巻      
霊の巻     
      生死と霊の関係  
      その1     
                   ミキヨウ貴尊講述


 汝等は生死について考へしことありや。仏教は生死を重んじ語りて、却って衆生に恐怖を与へて死を厭ひ戦かしめ、キリスト教は天国を語りて却って死の安らかなるを教へたり。この両者の教へは一得一失ありて、その何れを是とし、又非とするは難し。我、汝等に教へ語す理論より推して考へなば道は明らかとならん。
「生れずばこの苦みのなきものと、思へば生みし母ぞ恨めし」と云へるを聞きたり。汝等は如何に思ふや。斯る暴言を敢てする此人こそ憎しと思ふや。不憫と思ふや。又不孝者と指弾するや。又偽らざる言葉なりと、我等もこの体験ありしことよと共鳴し同情するや。そは汝等の意志に任せん。
 「人として生れしことの嬉しさよ、母のありしは尊かりけり」と云へるは、此返歌なるべし。
 大凡人間として生れて真の尊さを味はひ得たる人は、指折り算ふばかりなるべし。他の多くは人間としての喜びを知らざるが故に、母を恨むなり。人身を受けたる喜びを知る人は、母に感謝するは当然なり。我、汝等に問ふべし。汝等の最も楽しみと思ふことは何なるか。福徳円満家内安全、祈願成就怨敵退散、悪魔降伏と神に祈るを聞く。然らばその数々叶えられなば汝等は真の楽みと思ふは偽はりにてあらざるかと念を押すなり。我、斯く云はば汝等は今一言息災延命を加へよと云ふべし。是もよしと諾を与ふれば如何。汝等は此すべてを叶えられなば、人間として最大の楽みなりと考ふるかと詰問すれば、汝等然りとの答へを与ふるか。然にはあらずと我は思ふなり。斯く質問されなば、何か此他に望むことのあらざるやと心に問ひて思案するなるべし。斯る有様にてはまこと人間の楽みは如何なるかを知るよしもなかるべし。即ち汝等の求むる処の福徳円満家内安全、悪魔降伏息災延命、祈願成就怨敵退散に依って、果して人間の苦痛は全部取り除かれ、真の極楽となると考ふるは、人と生れしは何故なるかを知らざればなり。斯くては人と生れし喜悦を知らざるは理なるべし。
 我、汝等に云ふべし。汝等の楽みとは肉体の為の楽みにして、そは動物性享楽となるのみ。真の楽みは即ち人間性の楽みにあるなり。我、斯く語らば汝等は肉体の楽みは、即ち心の楽みなりと云ふならん。愚なることを云ものかな。神の世界には汝等が欲するものは一つもあらざるなり。食物はもとより、金銭財宝等云へるもの、美服などもあらずと云はば、汝等は神の世界とは実に好ましからぬ処、斯る有様ならば我等は行くを欲せずと思ふなるべし。我、汝等は肉体にのみ囚はれ居ると云ひしも亦理なるべし。
 兎角人間は理屈を好めば、理を非ならしめんとする悪癖あり。是等も亦反射作用ならん。汝等の願ふ福徳円満とは金銭財宝なるべし。斯るものの人と人との間に通ぜざるに至らば、石瓦にも等し。然る時は心に怒りと悲みに変ず。家内安全とは如何なる安全を願ふや。争はず陸まじくすると、常に一同明朗なるを願ふや。然りとせば汝等は何故に真の道を歩まざる! 我身を恣にして家内の平和を願ふもいささか矛盾の傾きあるにあらずや。是も可として、肉体欲より生ずる安全とは、如何なる安全を云ふや。他の願ひは別として息災延命のことについては疑問あり。是には二種あればなり。

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