覚者慈音699  未知日記 第四巻  心霊雑話  伊東慈音

覚者慈音699
未知日記 第四巻      
心の巻     
      暗示は因、言葉は肥料、念は実  
      其の2     
                   ミキヨウ貴尊講述


 無形の暗示は組織にして魄に属し、有形の暗示は魂の破壊性に属すを以て、無形の暗示は消ゆる事なく、有形の暗示には変化を来すなり。嬰児の心百迄と云ふ譬喩は此理を云ふ。故に母の性質に化せらるるは嬰児の間に組織さるると知らば、母はよく此理を知りて常に心を清くせざるべからず。是みな無形暗示より受くる影響の結果なり。
 肉体整ふに従って情欲の生じ来るは暗示にあらず。是は空源力の現出にて気光素の働きによる現象なり。然れども遊里に育ちたる者と厳格なる家庭に育ちたるものとの早熟と遅るるとの相違は、暗示による事と知るべきなり。情欲の起り来る頃より男女の魂魄の相違は、男子にありては魂の働きは表面化し魄は潜在す。是に反し女子は魄を表面に現はし、魂は潜在するが普通なり。此現象は男子は十四、十五才より、女子は十二、三才より現はるるものにして、即ち女子は魂を潜在せしめ魄を表に現はし、男子は此反対となり行くなり。もし外面女菩薩内心女夜叉と云ふは、外魄内魂の姿を指したるものにして、是等は自己暗示の現はれと知りて可なり。すべて人間の修養と云ふことは、みな魂魄より生ずる念を作る要素にして、暗示の因なりと云ふも過言にあらず。
 男子と女子の区別は肉体のみにてはあらずして、魂魄の旋(めぐ)りの転換に於ても斯る相違あるは、即ち修養の結果によりて受くる暗示の結果が、あづかりて斯る相違の生じたることも知るべきなり。故に女子は或場合に於て、男子も及ばぬ力を潜在し居るは魂がひそみ居る故なり。比喩に女は弱く母は強しと云ふも是を指すならん。然るに老年期に至らば、男子は次第に魂は潜在に傾き、魄は表面化し来る。是に反して女子は魄が潜在に傾き、魂は表面化し来る。故に年老いて老夫婦の男性的に類する事によりても知らるべし。又男子に於ても若き時は恐ろしげに見えしが、老年に及び斯くも柔しくなり来るものかと言はるるも、即ち魂と魄が交換せられ行く姿なることも知らるべし。此理より思ひを凝らし見よ。魂を交換するにあらずして、念を交換するならんとの感を起すに至るべし。実に然るなり。汝等が考ふる魂なるものは、即ち無形暗示の結実にして、即ち念なるものにて法力の暗示によりて、念を入れ換え得れども、真の三気は入れ換え得るものにあらざるなり。然して送魂入魂と云はんよりは寧ろ送念入念と称するも可なるべし。 

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