覚者慈音691  未知日記 第四巻  心霊雑話  伊東慈音

覚者慈音691
未知日記 
未知日記 第四巻      
心の巻     
        その1      
            
                 ミキヨウ貴尊講述


 朝に扉を開き。夕に窓を閉す汝等が世界より、無極無辺の神界を知らんとするは、恰も大海に一毛を探らんと欲するよりも尚難し。況や是を語らんことの言語に於てをや。我等の汝等に教えんと欲する処のものは、即ち他なし。唯神界に到達すべき正道を説示して、汝等をして枝道に迷はしめざらんと欲するのみ。汝等其よく是を諒として従来迷道を教示して、衆人の心意を惑乱せし輩の誤説を打破し、不屈不撓の信念を昂揚し以て正道を順歩して速かに神界に達せんことを冀(こいねが)ふ。
 若し此処に人ありて、我は何々聖者の再来なりと云はば、汝等は真に然りと信ずる事を得べきか。然らざるは必然にして午睡の夢物語にすぎざらん。霊魂を語るも亦是に等し。
 仮令(たとい)真実なりと雖も、確実なる根拠と資料具はらずば焉んぞ信をおくに足らんや。故に我説く処の事柄を信ずる者は信ずべし。信ぜざる者は耳を蔽ふとも可なり。信不信は聞きて後判断するも無益にあらじと思はば、聴聞するも亦可なり。汝等が自由に任せん。我は何れたりとも意に止むる者にあらず。
 宗教者が説く極楽天国はみな其々その有様を異にす。是に基きて考察を計り見よ。天国或は極楽は、金、銀、瑪瑙、珊瑚 瑠璃、真珠、硨磲等(きん、ぎん、めのう、さんご、るり、しゃこ、しんじゅとう)は、神の世界の宝と思ふや。又神の身体よりは赫々(かくかく)たる光明を放ち居給ふ御姿と連想するや。喇叭(らっぱ)に似たる御声と思ふか。汝等は現在の学理を修得し、理化学を修め、天文地文の大要を知り得て推理する時、斯る事は信を得ることあたはざるべし。既に月の世界は望遠鏡によりてその一部の研究が発表せられある今日に於て、斯る極楽の様を説き天国の様を説くとも容易に信をおくことあるまじ。天国とは如何なる処なるか。
 人身離脱せし霊魂が如何になるものかを、科学上より研究せんとなし居る学者も少なからず。されど未だ学理上よりの研究は半にも達せず。唯僅かに精神鑑別器が工夫されたれども未だ完全ならず。斯る有様にては霊魂探知機を組織さるる日は遠かるべし。又霊魂探知機が完成を見るとも、其に依りて神の世界を探知する事は得難し。宗教者の多くは唯念を究めたるにて、霊を究めたるにあらざるなり。


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